ウメちゃん、と思わず心で呼んでみた。
エレベーターを降りマンションのエントランスをくぐると、
片丘茶知子はようやく陽の沈み切った西の空を見た。
じんわりと弱まっていた今日の余明は消えている。
できたばかりの夜空には極細の月がニンマリと浮かんでいた。
ようやく暗くなったばかりの西の空がまるで笑っていた。
それはまるでウメちゃんの口。
だから片丘茶知子は思わずウメちゃんと唱えてみたのだった。
閑静にシャッター音が響く。
画面の中のほぼ真っ黒を見た。
ウメちゃんは近所に住んでた幼馴染みでもなければ、
学校のクラスメートでもなければ、
仲良しの従姉妹でもなくって、
ウメちゃんはカメである。
不意にのそりと記憶のフチでウメちゃんが首を出していた。
あの日、
手の平に乗せてもらった時のあのしんとした重みを思い出す。
今夜、
あの時と同じ様に携帯を手の平に乗せてみた。
もちろん携帯はじっと動かない。
なぜなら生きていないから。
でも、なんだか、微かにぐつぐつとした様子が伝わって、
それが妙。
手の上のウメちゃんの持っていた感じだった。
うどん屋はお昼のピークを終え空いている。
浮かない顔が鏡に映る。
片丘茶知子はこのところ昼夜が逆転していた。
兎ばかりの幼稚園の絵本。
宇宙についてのDVD。
鰻を急に欲している。
メールはモリノネコからだった。
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