忍者ブログ


今日も地球がまわるからワタシはぐるぐる夢をみる、、 ふわふわ浮かんだ妄想を短編小説に込めました、、ユメミルアナタへ愛を込めて☆             
52  53  54  55  56  57  58  59  60  61  62 
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。


気がつけば、朝から降り続いていた雨がやんでいる。


残る雨粒が規則的に払い除けられるフロントガラスの遥か先で、

信号が黄色に変わるのを予測すると鈴本理人はアクセルを抜いた。

ブレーキペダルに移した右足にゆっくりと体重をのせて、

停止線にぴたりと前輪を寄せる。

ぎりりとサイドブレーキを引く音が車内に響いた。


久しぶりの赤信号が眩しい。

鈴本理人がハンドルの左手でつまみを操作すると、

役目を終えた2本のワイパーがピタと定位置に収まった。


すぐに静寂がのしかかった。


高速を降りてからカーステレオは切ってある。

しんとして “世界” が一層孤独となった。



LEDの光がデジタルで午前0時42分を示す。



歩行者用の信号が点滅するのを確認してブレーキレバーを下げた。

右足をアクセルに戻しゆっくりと踏み込む。

エコを謳う国産のエンジンがやさしい音で車体を始動させた。



知らぬ土地で密やかに鈴本理人は21才になっていた。



アテもはっきりしないまま進む車は見知らぬ街に入っていた。

ドアに社名の入った車が小さな街には不相応な大きな通りを悠々と進む。

その白い軽自動車についてくる車も追い越される車もない。

反対車線にすれ違う車もなければ街中に人の姿も見られなかった。

濡れた路面にはヘッドライトがつくる二筋のくさび型。

物陰から夜の小動物がじっと侵入者をうかがっている、

そんな気配すら感じさせない無命の “世界” を鈴本理人は走っていた。



鈴本理人が運転席の窓を全開にすると、

一拍間をおいて冷えた空気が澱んだ車内に流れ込んだ。

ふがふがと鼻を利かせてみると大気はすっかり変わっている。

しかし、まだ潮の香りはしなかった。

だいぶ海に近づいているはずだったが、

まだこの “世界” では雨を含んだ重い空気がじっとその場でたたずんでいた。



街を通り過ぎ山道に入る前に音楽をかけた。

iPodに繋ぐFMトランスミッターの電源を入れ直したが、

外の静寂がノイズを一層際立たせるのが耳障りでスイッチを切る。


ふと、買いっぱなしだったCDの事を思い出した。

助手席に投げてあったカバンを探る。

封を乱暴に切りディスクを取り出すとプレイヤーにかけた。


慣れないクラシック音楽の荘厳な雰囲気が車内に充満しはじめる。


鈴本理人が先週まで夢中に読んでいた小説に出てきた音楽だった。

別件でショップに行った時に名前を憶えていてなんとなく買った。


悪くないなと思いながら、次第に狭まりはじめた山道を奥へと進む。

少なくとも、、

耳だけザーザーと暴風にさらされ続けるB.G.M.よりはマシだった。



新緑を思わせる木々の繁茂。

山道を進むと一転して “世界” は確かな生命に満ちていた。

そして、目の前は漆黒の闇だった。

森という名の生きた塊に横から穴を開け、

その中を突っ切っている様な感覚だった。


小さな鉄のハコの中にいて余計に萎縮させられる程の圧倒的な自然の体内で、

初めて聴くベートーベンがなんとか勇気を持続させ、

正常な意識を保たせている。

鈴本理人はそう思い耳をすましハンドルを持つ手に力を込めた。


どうやら目的の場所はこの先にある。

このCDが向こうに誘ってくれる。


初めて聴いているベートーベンの音楽に感動し、

とりあえずベートーベンに感謝した。


深入る程に強まっていく夜の森の呼息の恐怖に耐えられず窓を閉める。

車内を密閉すると大公トリオがやさしくしっかりと包みこんだ。

鈴本理人は背中をシートから離す。

何が飛び出して来てもいいように身構えながら一層運転に集中した。





山道を抜けるとそこは海だった。

黒く静かな夜の海を見て、

それが水の集まりである事を認識するのは不思議な作業だった。


やはりここが目的地のようだ。


目の前に展開する果てしない水の広がりに慣れると、

鈴本理人は安堵のため息をついた。


海岸通りをしばらく走り、車用のスロープを見つけ砂浜に降りた。

かたい部分を選び注意して走る。

堤防のそばでエンジンを停止させると途端に抑えきれない眠気に襲われた。

遠のく意識の中で最後の力を振り絞る。

シートを倒し靴を脱いで上着を羽織りなんとか眠りの体勢を整えた。




月の重力によって海は動かされ、

起きた波は砂に打ち上がりサラサラと返っていく。

永遠のリズムを鼓膜がキャッチするとだんだんと意識が戻ってきた。


鈴本理人が目を開けると “世界” はまだ暗かった。

LEDの緑の光が 4:02 から 4:03 へとかわる。

身体を起こし運転席のドアを開けた。

裸足で降り立つと外は無風だった。

空にはいつの間にか星が出ていた。



波打際に人影があった。

しゃがんだ背中がひとつ。

鈴本理人は重力に引っぱられるように近づいていく。

ざわざわと心が波立っていた。

裸足の指が濡れた砂をひたひたとつかむ。

その微かな音に影は立ち上がりもぞもぞと振り返った。


やはりカノジョだった。



(どうしてこんなとこに)


鈴本理人は出かかった言葉をのみ込んだ。

自分がここにいる説明ができないので聞くのをやめる。


「なにしてた」


代わりに出た一言にカノジョは左手を差し出した。

波打際のカノジョまで進む。

見覚えのある小さな手の平にオレンジ色の海星がのっていた。


「とったん」


カノジョは黙ってうなずいた。




どうやら夜が終わろうとしていた。

星の瞬きが弱まって水平線にグラデーションが滲み出す。

しばらく2人で “世界” の塗り替えを見ていた。

今日が明日に浸食される中で鈴本理人はつぶやいた。


「きょうで20ねんもいきたよ」


カノジョは何も言わなかった。


鈴本理人はそっと左手を差し出してみる。

カノジョの右手があの頃のようにぴたとのせられた。

立ち上がりカノジョの手を引いた。


海に入る。


膝下まで浸かる場所で歩みを止めて向かい合った。

カノジョは左手に持っていた小さな海星をそっと水面にのせる。

ふわと浮いた一瞬の後、海星はひらりひらりゆっくりと沈んでいった。

段々と小さくなるオレンジ色の星型を見送りながら鈴本理人はもらす。


「きょうでおわるよセカイ」


カノジョは何も言わなかった。

キラと海面に反射する光に遮られオレンジの点が見えなくなる。

顔を上げると陽が昇り始めていた。

白々とうまれはじめた “世界” 。

そこにはまだ2人だけだった。


鈴本理人はつないだ左手に力をこめた。

ふにゃとした一方的な感触。

カノジョは何も言わなかった。

いくら待ってもカノジョの右手は何も返さない。




波のない彼方の海原で一筋の水柱があがった。

ばしゅという破裂音が一瞬遅れて届く頃、

逆光が見事なTの字のシルエットを映し出す。


  “世界” 最大のほ乳類よ  


急にカノジョはささやいた。


  すごいね


鈴本理人は黙って沖を見ていた。


  20年もすごい


そう言うとカノジョは懐かしく小さく微笑んだ。

つないだ手からやさしい力が伝わって鈴本理人は満たされた。


ようやく水平線から太陽が1ミリ顔を出して “世界” が10倍明るくなった。

はじまっていく “世界” の端っこで鈴本理人は予定通り前に進む。

つないだ手をそっと解くとカノジョは消えた。



暑くなりそうな5月の朝だった。



新しい “世界” の片隅で。

終わるセカイの中心で。

水柱が何本も何本もあがっている。
PR
Edit by : Tobio忍者ブログ│[PR]