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今日も地球がまわるからワタシはぐるぐる夢をみる、、 ふわふわ浮かんだ妄想を短編小説に込めました、、ユメミルアナタへ愛を込めて☆             
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恋がおわってぽろぽろと泣きながらラーメンをつくっていた。



29時間が経って胃袋の底に食欲の兆しがちらりと湧いたので、
深夜に湯を沸かし細麺をかために茹でた。

ラーメンは瑞玉野梨子の密かな得意料理である。
高校2年のとき、肉じゃがーやオムレツーではない事を好きだった人を含めクラスのみんなに笑われてからは “密かな” のついた得意料理となった。

たっぷりと用意した塩のスープにのせるように丁寧に麺を投入。手早くキザんだアサツキをひとつまみ中央に。有明の海苔を3切にして1枚ドンブリのふちにつけた。あらかじめ小分けておいた台湾メンマを入れた小鉢と流しの棚からコショウを出してお盆にのせる。

テーブルに運んだ。

無心のままそこまで一気にやってしまうとイスに座りふうとため息をついた。
香しい塩の湯気の中、向こう側のふちで急速にしなってゆく海苔を見ている。
食前の儀式の様にしばらくじっと眺めていた。

するとその時、
かたりとコショウの瓶が音を立てた。
ぽんと赤いキャップが外れると中から男が顔を出した。
見るからに中年のその男は自分は王だと言う。

それが王だろうと神だろうと、
オッサンが出たばかりほやほやのコショウを使う気がしなかった。
瑞玉野梨子はそのまま箸を取りスープに口をつけた。

ぼわと煙とともに現れたのではない、んしょんしょと懸命に這い出てきたのだった。
寛容な瑞玉野梨子もこの時ばかりはコショウを敬遠した。
ひとつセオリーが抜けた物足りなさを引きづりながらも黙々とラーメンを食べた。

王と名乗ったそのオッサンは息を整えると倒れたコショウの瓶によじ登った。
瓶の端から端まで3歩の距離を何度か行ったり来たりしてから中央の辺りで腰を下ろした。
足をぶらぶらと投げ出して瑞玉野梨子の方をうかがっている。
話しかけたそうなかけて欲しそうな王様を尻目に、
瑞玉野梨子は時々最高級のメンマで箸をやすめた。

麺を大方食べ終わると残りのスープの上澄みを丁寧にすくった。
スッカラを使う。
去年、茶山くんとの旅行の際に韓国で買ったものだった。
どうせならとより高級なもので文字や柄の彫られていないものを見つけるのに苦労した事などを瑞玉野梨子は思い出していた。

陶製のレンゲはそれ以来使っていない。
せわしなくススりこんだ麺に火照った食道をいたわるようにゆっくりとしたペースで平たいサジを口にはこぶ。
やがて底1センチとなったスープを残して力を抜いた。
全身を椅子の背に預けてお揃いで買ったスッカラをお盆の端に丁寧に置く。

茶山くん。。




29時間38分前。



「コーヒーかなんか飲んでく?」


茶山くんからの返事はない。


弱々しくチャイムが鳴りドアを開けると、その時に一瞬だけ目が合った。
それ以来、茶山くんはずっと目を伏せていた。


「最後に。。」


瑞玉野梨子が付け加えると茶山くんは少し顔を上げた。
ささやかに泳ぎながらその大きな瞳がやり場を失っていた。


情けない男、
茶山くんは最後まで茶山くんか、
私はどうだ、、


ようやく目を合わせると茶山くんは首を横に振った。


アナタもうこの部屋に入りたくないのね、、


オレ、とだけもじもじと言って茶山くんは申し訳なさそうに瑞玉野梨子をそっと見ていた。
目が合ってやはり変わらぬ茶山くんがそこにいる。


変わったのは私か、
何が見える、
私今どんな、、


茶山くんは無理から笑みを浮かべて右手を差し出してきた。


握手、
そんなのしないよ、
できないよ、、


今度は瑞玉野梨子が首を横に振った。
懸命にお洒落に、なんとか小さく断った。

代わりに足元の紙袋を手に取った。
用意しておいた茶山くんのコマゴマ。
歯ブラシ、CD、目覚まし、マグカップ、お茶碗、お箸、そしてスッカラも。


「これで全部のはず。。もしあとで出てきたら」


言葉尻がかすれちゃってヤバいかなと思ったけど、
茶山くん、
あとはいいからってだけ、
それだけははっきり言ってから、、


茶山くんは代わりにカギを私の右手に握らせた。
キーホルダーも何もついてないカギ。
死んでる鍵。


茶山くん出てくよね、、


茶山くんは会釈のまま目線を落としてドアが閉まる。


茶山くん、、


どんと重くドアが閉まる音が響く、

お腹に響く、

胸に響く、

ドアの向こうでまだ茶山くんがエレベーターを待っている、、


瑞玉野梨子がノブに手をかけた時、

鉄扉の向こうで携帯が鳴った。

るるると聞き覚えのある着信音。

茶山くんらしいチョイスのやさしい音は遠ざかりやがて消えた。






(ぎゃあぎゃあゴネて怒り別れの方が楽だったのかな)


満腹の瑞玉野梨子は1度置いたスッカラを手に取った。
蛍光灯に使い込んだ真鍮が具合よく鈍重に光る。
そのままの姿勢でスッカラを壁に投げた。
それが何も解決しない事を承知で力一杯投げつけた。

鉄筋の壁が乾いた金属音を微かに反響させるとスッカラは力なく絨毯にとんと転がった。

目を閉じた瞬間、瑞玉野梨子はぽっかりと空いた心に風を感じる。
やさしくない冷たい風。
厳しい凍てつく風。

一気に寒気に似た気だるさがのしかかり、
胸の奥の “ひっかかり” がむくむくと膨らみだすのがわかる。
呼吸が乱れて、やがて瑞玉野梨子の胸が張り裂けた。


(茶山くん)


意識がもうろうとする中で瑞玉野梨子はノドのすぐ近くから異物がこみ上げて来るのを感じた。
とてつもなく大きい嫌なもの。
その恐怖から全身をじっとりと嫌な汗が滲む。
こみ上がるものがノドを塞いだ。
苦しさに大きくのけぞるとイスから跳ね上がり両目を見開いた。
そして、どろりとしたものを目の前のドンブリに吐き出した。





 はいよ、ワタシのデバンね


コショウの王様がひょいと現れて、
どろりとしたものはドンブリの中で尚も膨らんでいた。


 ちょっとサがってぇ


瑞玉野梨子は放心の微かな意識の中でそんな声を聞いたが、
その身をイスに戻すのが精一杯でただその頬につうと涙が伝っていた。


どろりとしたものはざわざわと表面を波立たせている。
その間、王様が瑞玉野梨子のノドにはり付いてようやく痛みが引いてきた。
意識が遠のく中でもゆっくりと呼吸は戻ってきていた。

やがて、どろりとしたものがドンブリからどろどろと溢れ出た。
膨張しながら、どうやら瑞玉野梨子に帰ろうとしている。
生っぽい赤みのある色から黒く変色しながらじりじりと迫って来た。

王様が立ちはだかった。
いったん動きを止めたどろりとしたものは回り込もうとする。
王様がひょいと素早く立ちはだかった。
4度そんな攻防が続き、どろりとしたものは動きを止めた。
しばらく両者にらみ合っていたが、
やがて、ごごごごといった地響きのような唸りが聞こえ、
どろりとしたものがテーブルごと震動したかと思うと王様に飛びかかった。

王様は一瞬でどろりたしたものに呑まれてしまった。




そこまでで瑞玉野梨子の記憶は止まっている。



目が覚めると天井だった。
イスに座ったままひっくり返っている。
身体に痛みがない事を確認すると立ち上がりイスを戻した。

部屋中に肉片のような黒ずんだものが散らばっていた。
テーブルを中心に何かが爆発したかのようなそんな光景がそこにあった。

瑞玉野梨子は身体に付いたものをぱらぱらと床に落とした。

倒れていたコショウの瓶を手に取った。
キャップは見当たらない。
空になった瓶をドレッサーの引き出しに仕舞った。

テーブルのドンブリと小鉢、箸をお盆ごと手に取り、
床に転がったスッカラを拾い上げて流しに置いた。
蛇口をひねると水がひんやりと気持ちよかった。

瑞玉野梨子はシャワーを浴びたくなり食器をそのままに浴室へと向かった。
下着だけになった時、床に落ちているタバコケースに気がついた。

茶山くんの CAMEL 。
簡素なケースにはライターも入っていた。

捨てようと浴室から出ると部屋が腐敗したニオイで満ちていた。

瑞玉野梨子はそのままの格好でカーテンを開けた。
続いてベランダのドアも全開にする。
6月独特の湿った空気が重く窓際を漂った。

静かな夜だった。
川向こうの団地の灯りが水面に映る。

部屋の電気を消して生まれて初めてタバコに火をつけた。
充満する死臭の様な嫌なニオイと茶山くんのニオイが気持ち悪く混ざり合う。
2度吸って流しのドンブリに放り込んだ。

そこにあるすべてを振り払うように暗闇を駆け抜けてそのまま外に出る。
ベランダの手すりにつかまって目一杯身を乗り出した。
鼻を鳴らすと川と梅雨がやさしく匂う。



一歩下がって助走をつけると、
大きく振りかぶってタバコケースを投げていた。
近所を気づかう暇もなく「行っちまえー」と大声で叫んでいた。
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Edit by : Tobio忍者ブログ│[PR]