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今日も地球がまわるからワタシはぐるぐる夢をみる、、 ふわふわ浮かんだ妄想を短編小説に込めました、、ユメミルアナタへ愛を込めて☆             
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「サクラノコロニデカケマス」

 ワキの下の袋から短い便りを取り出してゆっくりと読み返す。
 すっとした文字が横長の便せんの上で罫に沿って行儀よく並ぶ。
 クリーム色のきめの粗い紙に細く書かれた紅いの十二文字。
  サクラノコロニデカケマス
 なにかを確かめるようにもう一度ゆっくりと黙読する。
 小さく折り畳み左のウデを上げる。
 再び、大切に袋に仕舞っておく。

 「まんかいまんかい」
 人間の真似をして口ずさんでみる。



「昨日の木」に付けた印を確かめると隣りの「今日の木」の陰に入る。
寝転んでずっしりと枝につく花を見上げていた。

池のヌシは今日もカノジョを待っている。

見渡すと池の端の数十の桜は昨日よりももっとずっしりと見えた。
間違いなくいよいよ桜の頃である。



 朝から幾分暖かいので木陰でサカナを食んでいる。
 時々の強い風が枝を揺らす。
 わさわさわさと花ばかりの奇妙なカタマリが上下する。
 はじめての風の音を聴く。
 わさわさわさ。
 愉快。
 細い枝が上に戻る時、数百の花弁が宙に放たれる。
 きらきらきらと急いで水に舞落ちる。
 風に乗り損ねた一枚がひらひらひら鼻先をかすめる。
 腹に落ちたまん丸いそいつを爪で慎重にひらう。
 池の底から見上げるよりもずっと白くて不思議。

 枝が動くと陽が洩れる。
 ちょうど眩しくてじっと暖かい。
 かたい光。
 ごろりと寝返って風のもたらす太陽から逃げる。
 眩しいもの。
 
 この時季に初めて水から出たらなんだか色々が不思議。
 いつもカノジョを待たないから上に出ないから。
 
 本当は大して黒くない幹に手を伸ばす。
 剥がしてみる。
 外はからからですぐ中はしっとり。
 前の歯で少しずつかじる。
 におう。
 変な匂い。
 暖かな匂い。
 不思議。

 遊歩道からの緩やかな傾斜に沿って風が池へと下りる。
 やわらかい真昼の風にふわと眠気がもたぐ。
 昨日と同じ。
 暖かな匂いの残りを愉しんでいたらすうと眠る。
 今日も眠る。



すっかり昼が下がり風向きが変わると池のヌシは目を覚ました。
ゆっくりと立ち上がり凝り固まった全身を伸ばす。
御苑はそろそろ閉園の時刻だった。



 抗えない睡魔が不思議。
 遠くを見る。
 ビルが見える。 
 駅の向こう。
 カノジョは来るかもしれない。
 もう少し後であの一番高いビルに太陽が触る。
 その頃かもしれない。
 デカケマス
 今日かもしれない。



池のヌシは視線と意識を遠くから戻すと今日の木に対峙した。
ヒシと軽く抱きついてからヒタヒタと幹を触りながら周回する。
自分より少し高い位置に急に花が出ているのを見つけた。
枝ではなく幹に咲いている一輪に指を掛ける。

「ダメよ」

花を指でつまんだその時に声がして池のヌシは慌てて手を引っ込めた。
振り向くと傾斜の上の遊歩道から人間がこちらを見ている。
行き場のない右手が腹や尻を意味もなくさすった。

人間は柵を乗り越えるとゆっくりと池のヌシの方に近づいて来た。
「今日の木」のそばで手頃な丸石の表面を手で払う。
ふうと大きく息をもらし腰掛けた。
池のヌシは様子を見ている。
ただじっと微動だに出来ずにいた。



「あら モンキチョウ」

しばらくの膠着の後に不意に人間が言った。
どこからか現れた小さな蝶が今日の木をくるくると飛び回る。
じっと固まっていた空間に侵入者が現れて池のヌシの気がようやくそれた。
優雅に飛ぶ蝶を目で追い始める。
池のヌシはすぐに心奪われていた。
やがて蝶の後を追いかけている。
その様子を見て人間から陽気が漂った。
かき混ざる空間に陽気がどんどん充満する。
まるでからかうかの様に飛ぶ蝶の後を池のヌシはどんどん追いかけた。


 「おひとつどうぞ」
 そう言って人間は丸い餅をくれた。
 餅は食べた事ある。
 前歯でかじる。
 赤い実。
 酸。
 甘。
 不思議。


苺大福は初めて?人間がそう言って辺りはまた陽気に包まれた。

 


「おばあちゃーん どこー」

少し離れた位置から駆け足の少年の声が近づいて来た。

あら、、どうやらお呼びね、そう言って人間は遊歩道を振り返る。

「あ いた  もう帰るってよー」


 変な声のした方を見る。
 柵に登って首を伸ばす小さい人間。
 
 行かなくちゃ

 人間が言う。

 今日はいい日
 ずいぶん珍しいのに遇えたからね
 あんた
 
人間が腹のあたりを指の背で二度三度撫でた。

 くすぐったい。
 陽気。


人間はよいしょと腰を上げた。
緩やかな傾斜をゆっくりと登る。
途中で一度振り返るとぱちりと左目を閉じた。
池のヌシはただじっと見ている。
遊歩道に戻った人間に小さい人間が駆け寄った。
「あれなぁに、カピバラ?」


どこかに帰っていく人間達の背中を池のヌシは見ている。
やがて何も見えなくなった。
そして池のヌシを包んでいた陽気も薄れてはすぐに消えた。

御苑が呼吸を開始する。持ち込まれた喧騒を吐き出してなにかを呼び戻す様に大きく深く、そしてひっそりと。夜のざわめきへ切り替わる迄の短い静寂が訪れていた。


 今日の木に小さく印を付ける。

 いや。
 やっぱりつけない。
 もう。
 水に帰る。
 

傾き始めた太陽に誘われて夕方のビル風が吹き下ろす。
満開の桜を散らした。
今日一番の強風に池の周囲で桜が一斉に吹雪く。

 わぁ

水へと歩きだした池のヌシを花吹雪が追い越して先に着水する。
景色が変わった。
花弁に覆われた薄桃色の水面。
池のヌシはしばらく見とれて、
やがてなにかを確かめるようにゆっくりと進んだ。

 のってみる。
 そろり。

腰まで水に浸かると池のヌシはそこで立ち止まった。


 乾いた毛と毛に染み込んでくる。
 水。
 くすぐったい。




風を待っている。
過ぎて行く桜の頃を惜しむ様に池のヌシはもう一度吹雪を待った。
花弁で覆われた水面に池のヌシの影が長い。
遠く、駅の向こうで一番高いビルに夕陽がかかろうとしていた。
池のヌシは半身桜に佇んでいる。
見たことのない光景に入り込んでいた。
不思議な世界に身を委ねて、
ただじっとソノトキが来るのを待っている。


  かぴばら

 小さい人間の真似をして口ずさんでみる。
 
  かぴばら
  かぴばら
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