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今日も地球がまわるからワタシはぐるぐる夢をみる、、 ふわふわ浮かんだ妄想を短編小説に込めました、、ユメミルアナタへ愛を込めて☆             
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「今、よこぎったのがごきぶりってやつでしょうか」

客人はその風体に似つかわぬ上品さで穏やかに驚いていた。
妙な表現であるが確かに「穏やかに驚いていた」のである。
そのくりんとした丸い瞳には透明な好奇が宿っていた。

そんな客人の肩の上では猫がそわそわしている。
客人はかなりのなで肩であった。
その肩の上に大人しくしがみついていた小さな猫が客人の太い首の裏を通り両肩を行ったり来たりしている。

「よろしいでしょうか」

客人はゴキブリの行方に軽く目配せると、そう言った。


え えぇ あぁ も 勿論です

何がなどと聞く余裕はない。
この上品な客人からのいかなる申し出をも「拒否しよう」などとは思えなかった。
もはや、完全にこの空間は客人のものなのである。

「では」と客人は高貴な笑みをたたえるとあごを引いて小猫を見た。
どうやらなにやら話しかけている。
客人の肩から腕をつたい猫はテーブルへと降りた。
猫に向けて客人は不思議な角度で指を動かし始める。
すると小さな猫がちょろちょろと踊るように動きだした。
テーブルの表面にかさかさと足をとられながらも猫は嬉しそうである。
滑る足もとにだんだんと慣れてくると、
小さな客人の猫は短い四肢で愛くるしく小気味よいステップを踏むのだった。
指揮棒を振るように動かしていた客人の指先が突然止まる。
テーブルの端をとんと打つと猫はピタリと脚を止めた。
その場に尻をつけて前脚を伸ばし「待つ姿勢」をつくると客人を見上げている。
小猫はじっと合図を待っていた。
部屋全体が固唾を飲んで客人に注目する。
長い沈黙に何もかもが痺れを切らしだした頃、ようやく沈黙は破られた。
客人が短く合図する。
これ迄とは違うやや厳しい口調で、どうやら「ゴゥ」と言った。
散歩紐を外してもらった飼い犬のように、客人の小さな猫はテーブルの端まで嬉しそうにあっという間に駆けて行ってしまうとあとはそこから華麗にジャンプを決める。
廊下を横切ったらしい、、ゴキブリを追跡しに部屋を飛び出した。


部屋の空気が一瞬の静寂を取り戻す。
雨音が庭から廊下を抜けて部屋に届いた。


やはり

本当にゴキブリが出たのだろう。
獲物を求める小さな獣の一心で不乱な態度や姿には疑う余地はなかった。

まっずいなぁ

これは誰の責任なのだろうか、
出元はおそらく食料庫か、厨房か、、
そんな事を考えていると目の前の客人の左腕が動く。
すぅと伸ばした左手の指先で音もなく茶托が引き寄せられた。
興味津々といった表情で逆の手を湯呑みの蓋にそっとかける。
そんな一連の仕草もやはり極めてエレガントであった。


小雨ですね

言ってしまってから単に「雨」でよかったと後悔する。
障りのない一言で客人から目を逸らすつもりが動揺していた。
出てしまった「妙」を開き直って勝手になかった事にする。
客人から逸らした視線の中でしとしとと冷たい雨が中庭を濡らしていた。
明日は嵐になるという。
とりあえず今日、
この今を乗り切る事が何より大事。
もし「招致」に失敗したら、、
よぎる最悪の結果を打ち消そうと、
なんとなく、頭の中でシシオドシを一つ鳴らした。

(かぽん)

押しつぶされまいと、耳の奥の奥にてウグイスを続けて登場させる。
ひと声鳴かそうとしたその時に客人からふぅという嘆息を聞いた。
どうやら茶が客人の喉を越したようである。
庭に向けていた首をゆっくりと戻し客人と対面させた。

お気に召しただろうか。


茶請けは羊羹だった。
やや大き過ぎる皿の上の妙な形にカットされた羊羹を眺めながら不安の膨張はとめどない。先週から厨房のチームに加えた新しいパティシエを思った。よぼよぼのあの体躯から放たれた茶が渾身のものである事に期待を込めて自分も菓子の皿と茶托を寄せる。思わずため息をつきそうになった時、客人からもう一つ安らかな息がもれた。そっと様子をうかがうと、飲み干されたのであろう湯呑みが軽々と優雅な弧を描き、客人の手から元の茶托へと満足気に収まってゆく。いつの間にか懐紙の上の奇妙な姿の羊羹も平らげられていた。


「ごきぶり」

素敏(すばしこ)過ぎてよく見えませんでしたな、と客人のよく通る声が部屋中に響く。
ぴりと張っていた空気が嬉しく揺れた。
客人は続けて豪快に笑う。
和の室に温かな意外性が一気に充満した。

お気に、、召した、

のかなと思い、こみ上げた下品な高笑いを懸命に噛み殺す。
そしてすぐにパティシエを呼ぶようこっそり指示を出した。
好評を得た「おもてなし」の説明をさせる。
ここで一気に畳み掛けてしまおうとてきぱきと臨機に手を回したのだった。



そして、窮地は再び訪れるのである。

床の間の「眠り蛇の像」が目を覚ましていた。
予期せぬ客人の笑い声の大きさに夢から覚めてしまったのだろう。
気がついた時には大きな欠伸が部屋の空気を吸い込んでいた。
厄介である。
蛇は客人の背後でぶるりと一つ身震いをするとすくとその首を持ち上げた。


すたたたたたたたた

足音が部屋に近づいている。
さっき部屋から出て行った猫がまだ廊下を走り回っていた。
やば、
と言う間に蛇は客人の脇をしゅるしゅると這い抜けている。
廊下への戸の脇までくるととぐろを巻いた。
蛇はその大きな瞳をキラりと光らせてから目を細めてじっと獲物を待ち伏せている。
いかん、と思い障子戸を閉めに立ち上がった。

げこ げこ げこ

鳴き声は床の間の方からである。
嫌な予感のまま振り返ると大蛙だった。
蛇の睨みを逃れた水墨のガマが掛け軸からのそのそと這い出ている。

猫の足音はいよいよ大きく近づいていた。
ようやく戸に指がかかり一気に戸を引いた時、
小さな黒い影が部屋に飛び込んで来た。
ゴキブリ。
間に合わなかった。
続いて閉め切らぬ戸を猫も抜け入る。
勢いに乗った猫を蛇はしとめ損ねた。
それを見て安堵。
束の間、蛇は背中に再び飛びかかった。

きゅう

ちょうど到着したパティシエに首を掴まれて、蛇はひと鳴きするのが精一杯であとは大人しく目を閉じる。ゆっくりととぐろを巻きながら眠りに落ちてゆき、再び像へと還っていった。パティシエは持参したバスケットをテーブルの上に置く。籠には豪勢にフルーツが盛られていた。何だこれと聞くと「秋ですから」と的を得ているような気もする答えが返ってくる。傍らでは客人の小猫がいよいよゴキブリを捕らえていた。
一瞬の出来事。

客人はその様子をじっと見ていた。
高笑いは止まっている。
上品さが失せ眼が獣のそれになっていた。
どうやら、騒動に血が騒いでしまっている。
緊迫が部屋に充満し始めていた。


「クマさん」

熊さんや、そう言って老パティシエはテーブルのバスケットからマスカットの房をつまみ上げ客人である大熊の鼻先で揺らす。座りはじめていた客人の眼がくるりと丸くなり柔和な表情を取り戻した。老パティシエが皺くちゃの笑顔をこちらに向ける。うんうんと頷いてから会釈をするとそのまま水墨のガマの背中に乗って厨房へと帰って行った。

バツの悪そうな顔で客人は倒れた湯呑みやら散らかりを正している。
一粒、一粒とマスカットを口に含んでは徐々に元の上品さを取り戻していった。

客人の猫は動かなくなったゴキブリにとっくに飽きている。
猫らしくかわいげに顔を洗っていた。


状況を把握できぬままにいた。
それでも、とにかく接待の続きをと気を取り直す。

腰が抜けていた。

開いたままの障子から中庭が見える。
雨がずいぶん強まっていた。
そう言えば、明日は嵐だとか。。


熊がそっと近づきマスカットを差し出した。

尻餅をついたままの無様な姿勢のまま上品に揺れる房に手を伸ばす。


何だこれ


「おいしいですよ」と熊に薦められるままに黄緑の粒を一つ口に放り込んだ。


舌でブドウの実を転がしながら、奇妙な気持ちだけが確かである。

ずっと耳に残っていたガマのげこげこがようやく遠ざかり消えた。

代わりに屋根を叩く雨音が強まってゆく。

明日の嵐は間違いなさそうだった。

たとえ天気が最悪だろうとリアルな朝が今はいとおしい。



夢なら覚めろ、、


目を見開いてそう強く念じながら、

マスカットの粒をがちと奥の歯で噛み潰した。
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