あ。
ブレーキを握る右の手の甲にぴとりと衝撃を受けた。
雨。
交差点で信号待ちをしている杉咲都子が空を見上げると、
切り過ぎた前髪の先にもう一粒、
すかさず自慢の眉毛にもぴとり、
雲が散れて春らしく澄んでいたはずの空にいつの間にか雨雲が鈍い色で重苦しい模様を描いていた。
急。
回送の路線バスが唸りながら右折してゆくのを見送ると、
信号が変わるのを待たずに杉咲都子はブレーキを開けた。
ポっポっと前カゴでスーパーのビニール袋が大粒の雨を弾いている。
ベランダに干してから出た洗濯物達に脳を支配されて、
踏み込むペダルにますます体重が乗った。
自転車は加速する。
嵐。
不定方向からの風が自転車を揺らした。
感。
巨大なエネルギーが上陸するような気がして、
杉咲都子の内側がざわざわざわざわと騒ぎだしていた。
玄関のドアを開けると長細い部屋の奥でカーテンがバサバサと騒がしい。
どうやら窓をうすく開けたまま出掛けていた。
暴のつく風はその勢いをどんどん増しているのだろう、
杉咲都子は玄関にツッカケを脱ぐとぬれた上着も買物袋もそのままにベランダへと直行した。
小さな竜巻。
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