忍者ブログ


今日も地球がまわるからワタシはぐるぐる夢をみる、、 ふわふわ浮かんだ妄想を短編小説に込めました、、ユメミルアナタへ愛を込めて☆             
517  518  519  520  521  522  523  524  525  526  527 
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。


「もうだいぶとけてますね」

えろっとちょうど舌を出したので声を出せなかった。
代わりに、慌てて細かく頷いたのだけれど、でもきっと届かなかったんだと思う。
氷菓子をまじと見つめてからコノヒトはすぐに「舐め」に戻っていった。
それからジブンもならって舐め続ける。
あとはしばらくそれぞれに無言だった。


一度外にむき出されてしまえばぁ
あとはひたすら融けるしかなぁい

つまんだ棒の先で氷菓子はふてくされながら外国語調でうたっている。

乳の味だった。
甘味に酔いながら、ずっと横目でコノヒトを見ている。氷菓子が指先でくるりくるりと回転していた。さぁ早くさぁ早くと上から下へ上から下へと融けるから、待ってよ待ってよとコノヒトの舌の先が拭い上げてゆく。横目はすぐに痛くなったので、ぐぐと端に寄せていた目の玉を左右とも正面に戻した。直前、コノヒトは気がついて視線をジブンに向ける。たけど、ジブン、そのまま前を向いていた。
コノヒト、
少しの間じっとこっちを見てるから頬の上の方がなんだかじんわり熱くってきっと朱に染まっている。
コノヒトの気が氷菓子に戻ってもまだしばらくは紅潮のやつはなかなか引いてはくれなかった。





霧のような雨。
サドルに薄っすらと水滴が積もっていた。

「屋根んとこ駐めときゃよかった」

雨にあたるとロックが外れにくくなる。
買物の詰まったエコバックは濡れている前カゴには入れずに肩に通し脇に抱えた。
短パンのポケットを順番に探り小さな鍵をつまみ出す。
どこに入れたのか、いつも憶えていなかった。
怠惰がいつも無駄な動きを強いる。
今は反省をしてもどうせまた次の機会も憶えないのだった。
いつだって癖の改善は長期戦なのである。

小さな鍵は長年の下手な力加減に全体が反っていた。
幸い役割にまだ支障はない。
後輪の馬蹄錠に差し込んだ。
穴に貯まっていた水が絡む。
案の定、雨に濡れたロックは外れにくかった。
水気を飛ばすよう、乱暴にがちゃがちゃと回す。
数回くり返すとようやく湿気った音とともにリングが解けるのだった。
これでまたコンマ数ミリ反りが進んだであろう。
サドルの雨粒を指の背で簡単に払ってから、
濡れたハンドルに手を掛けた。

走り出してすぐにスコールを予感する。
スーパーのちょうど裏手まで来て空を見た。遠くを近くを色を雲を見ても何も先を読めるわけがない。とりあえずこのまま国道沿いで集中豪雨に打たれる可哀想な自分を想像しながら、自転車を降りてひさしの中まで押し入れた。せまい「空き」に愛車と自分を上手く収めながら、進まずに立ち止まっている不甲斐を自己説得しようともう一度空を見上げてみても、やはり何の根拠も慰めも見つからない。自分に賭ける事が気持ちの余裕なのか不安なのか、ただ視界をボやかしているのがレンズに付着した細かい雨だという事だけが今把握できる唯一の「確か」だった。
買物を肩から下ろすと帽子をとってから脱いだシャツの内側でメガネを拭う。
キャップも長袖もかなり濡れていた。きちんと積み上げられている空のケースにそれぞれ干す様に引っ掛ける。
そして、ハンドルに掛けたバックの中から微かな嘆息がもれているのに気がついた。
思いつきでカゴに入れたアイスキャンディー達を頭に描く。
ぁあ
ずぶ濡れ覚悟で帰るかと気持ちを切り替えるのと、
雨がみるみる強まるのはほぼ同時だった。
意気をすんなり引っ込めるのに十分な雨あしである。
あぁ
一気に轟音が打ち鳴らされて目の前で非凡な光景が展開していた。
口を開けて見ている。
すぐに雨はいったん小康しむっとした空気がどこぞから立ち込めた。



片側一車線に満たない細い道路の向こうは保育園である。
園児も先生もその姿はなかった。
小さな学校のようなつくりの建物の中にも人の気はない。
通りすがる者もなく通り抜ける車もない、
人慣れた小鳥も野良猫も懸命な夏の虫もどこにもまったくいなかった。
ひっそりとすべてが陰に身を寄せている。


そして、隣には精がいた。

「雨宿りですか」

落ち着け落ち着けと心に唱えていると、
妙な質問が口から飛び出して、
小さな羽が震えて粉のように水が飛ぶ。
「手伝って下さいよ」とアイスを一本差し出すとりりんと精が鳴った。



月がかわり季節も変わろうとしているのか不安定な天気が続いていた。台風らしい。通り過ぎようとしているのだろうか接近しているのだろうか、家のテレビが壊れてから半年、昼休みにぼんやりと観ていた職場でもテレビに一切関心がなくなって数ヶ月が過ぎようとしていた。最初の頃は社会と切れた感覚がなんだか楽で今は少し違う心地良い仲間外れ感の中にいる。

地上では風がぴたりと止んでいるのに空で灰色の雲が流れていた。
所々で小さく渦巻いている。口先にこみ上げた神秘という言葉が歯痒かった。以前ならとても無縁な世界である。

雨と言うには細か過ぎる天よりの水が無風の空間に舞落ちていた。

精などが現れようがなんら不思議はない状況、以前ならとてもそんな風に思えるはずもない。




コノヒト、
氷菓子を持つ指先から伸びる右腕がよく日焼けしていた。
ジブンの腕と見比べてみる。

垂れた。
あわてて「舐め」に集中を戻す。

小さな黒い鳥が二羽、すいと軒下に飛び入るから、気が散っちゃう

「ブラックバード」

コノヒトがふともらした。




ブラックバードかなと思い、のわりには小さいかなと断定を保留した。
仮ブラックバードは我々の頭上をかすめると背後のダクトでとまる。
小さくても久しぶりの生き物の「気配」を当然歓迎した。

スーパーの空調のものなのか、
あるいは階上のマンションの排水管だろうか、
小さな鳥にはやや太過ぎるパイプの上で二羽は濡れた翼を開いては閉じている。
雨を乾かしているのだろう、そんな様子を見ていると、
鉄だろうか塩ビなのか地味な導管にはツタのような蔓植物が巻いていた。
どこかで見憶えのある草の種類である。
濃い緑の植物はあるまじきスピードでするすると伸びては頭上の配管を覆っていった。





もうだいぶとけてますねと言ったコノヒトの声を思い出す。
外国語の合いそうな変な声だった。
好きな声。

もう一度聞きたい

ならば

今からでも
タイミングがズレたって
でもおいしいですと言えば良かったのに


でもおいしいです
でもおいしいです

ありがとう

繰り返しては最後にお礼をつけてみた、


繰り返しては最後にお礼をつけてみた。



せめて宿木。

コノヒトの視線の先にジブンの想いを像にした。

どこまで見えているのだろうか、

きっと見えていない。

特徴ある先の丸い葉に小さな黒い鳥がくちばしを擦ってはきぃと鳴いた。

鳥達には見えている。

むき出しの人工がみるみる寄宿されて、

ジブンとコノヒト、

頭上にそっと葉が茂り実が垂れた。


コノヒト、きっと届かないんだろうけど

コノヒト、


雨は間もなくあがってしまう。


宿木の下で、

淡い想いを抱きながら、

コノヒトのくれた氷菓子の、

僅かな残りを丁寧に口に含んでいった。

PR
Edit by : Tobio忍者ブログ│[PR]