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今日も地球がまわるからワタシはぐるぐる夢をみる、、 ふわふわ浮かんだ妄想を短編小説に込めました、、ユメミルアナタへ愛を込めて☆             
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「めっきりくーるやね」

歌い手はスタンドマイクに口を寄せるとぼそりと呟いてむき出しの腕をさすって見せた。この時間、ステージの上はちょうど陰っている。真昼の月など見えるなら尚の事、シーズンの節目にあって今の頃がここでは一番いい時間なのだが、この日の黄昏時は幾分肌寒かった。
歌い手のバックで演奏するメンバーが黙々と各自の楽器の調整だか準備を丁寧に施している。


粛々と季節は折返していた。

舞台から一発。
あちゅうとマイクが拾った。そんな音すら素直なアンプはきっちり増幅し一瞬後には律儀なスピーカーが完璧に会場に響かせる。まったりと停滞していた空気が揺れた。歌い手のその風貌に似つかぬ少女のような甲高いくしゃみと照れの表情になんとはなしに集まり出してる聴衆が注視する。ンフフといった上品な鼻笑いが吹き始めた日暮れの風に静かにのっては充満した。

この時季、一年でも一番好きな頃である。月が換わりずいぶん出歩きやすかった。天敵だったナツノコドモがいなくなったのがいい。まだバテているのだろう、陽のあるうちはまだ猫らも鈍かった。小さなフェスを観る。今夜もだらだらと始まりおそらくこのまますっと終わるのだろう、ゆるゆるとした感じが日比谷公園にはよく似合っていた。

相棒を探す。





会社の入っているビルが見えた。

(こんなに近かったのか)

入社以来ゆっくりとココに足を踏み入れた事がない。
得意を回るのも帰宅するのも、常に繁華へと向かうばかりであった。
残りの東京を縦横無尽に満喫するぞ、、そんな意気込みだったが、
結局最終日の今日もココに来ている。

音楽が聞こえて来た。
知ってる。
ローリングストーンズだった。
ゆったりとしたこの時間この場所に合ったいいアレンジである。
遠目のステージに目をこらすともっさりと恰幅のいいミュージシャンがその風貌に似つかぬ美声でカヴァーしていた。
目の細い和顔が流暢に英詞を歌い上げているのに好感する。
演奏も悪くなかった。
自然と足が向く。
途中で目の前のベンチが空きそこに座った。
こういった行き当たりばったりが心地良い。

そう言えば、ずいぶん久しぶりに「自由」を感じていた。

太陽はもう傾いている。
オレンジの光が簡易につくられ開放されている客席を真横から照らしていた。
席に座る者はまばらであるが側を行き交う人ベンチに座る人噴水で休む人、
ちょうどよい目のやり場として公園の様々な人々はステージにぼんやりと視線を向ける。

緩い一体感がこの上ない好きな雰囲気だった。

こんな時はゆるゆると欲望に素直になる。
財布と携帯だけ取り出して無造作にバックでベンチを確保すると傍の売店へと立った。
そんな無防備な事ができるのは日本だけ。
(あいつに言われそうだな)
先月から一足先にニューデリーに赴任した海外かぶれのパートナーを少し想ってみた。
気休めにジャケットを脱いで鞄の口にかけてやる。
涼しさに抗うように胸を張りんんと背筋を伸ばした。
見上げる空が広い。
すっかり装いを秋にした雲を触ろうと腕を伸ばした。




昼はシュラスコだったので軽めにサンドイッチ、
あるいはポテトかなと鼻を利かせる。
すぐに相棒の候補は見つかった。
サンドイッチにビールを合わせている。
紙袋の中はビスケットかチョコバーか、
いずれにせよこいつを逃す手はなかった。
やや遠くから自分の存在を分からせながらジグザグと接近する。
目が合ってそれが好意ならばしめたもの敵意ならば退散するだけだった。




(あ)

ビールは冷え過ぎていた。
開けるタイミングを後悔しながら、
サンドイッチを大きめに頬張ると小さな気配が横目に走る。

ネズミだった。
曲はたしかスティービーワンダー、にかわっている。


(日比谷ネズミ?)

噂でちょろっと聞いた事のある「ラッキーネズミ」が自分の足下にいる。

(ホントに鼠色なんだ)

珍客に身を固めながら、
とりあえずウェルカムを視線に込めた。
サンドイッチのパンを小さくちぎって少し離れた位置に置いてみる。
想いが通じたのか、
サンドイッチが効いたのか、
架空のハズだったまるでアニメな体色のネズミは器用にひょいとベンチに飛び乗った。





「おめさんネズミか」

そいつはよぼよぼとオイラに歩み寄る。
オメサンが分からなかった。
黙ったまま敵意を探る。

二、三曲が終わるとテンポの悪いMCが聞こえ出して相棒はベンチを立った。
天を仰ぎ残りのビールを豪快に飲み干すとしゃがみ込む。
オイラまで目線を下げた。
まじまじと見ている。
赤らんでいる白目が満足そうだった。
紙袋を開ける。
中身はバナナとリンゴだった。
どちらか選べと差し出してから、
すぐににんまりと相棒の口元が緩む。
相棒は両方とも置いて満足そうに去って行った。
いいやつである。
全てを平らげて身も心も満たされていると、
そこへ「散歩者」が現れた。



散歩者は一旦通り過ぎてからゆっくりとUターンしてベンチを確認する。
ごろ寝するオイラに気づきやがった。
立ったまましばらくじっとオイラをうかがってうので仕方なく身を起こす。
散歩者の目が微かに見開いた。
とりあえずオイラは、
平静を維持すべく胸の前で前脚の互いの指先を素早く触れ合わせる。


「ねずみ色したネズか」

こいつはめずらしい、そう言って散歩者はかっかと笑う。
隣りのベンチで密着するカップルのメスの方が一瞥を向けた。
散歩者は二人には見向きもしない。
メスの気はすぐに自分達の世界に戻っていった。


散歩者は顔をしわくちゃにしてもう一言、もごもごと何かを言いながら笑う。
固そうな細い棒切れを機嫌良く一振りするとどうやらウインクをした。
敵意はまったく感じられない。
が、一応、棒切れの先に意識を集中させておいた。


「じゃあ」

ごめんなさいよ、となぜかオイラに謝ると散歩者はよぼよぼと右手をあげる。
そして曲がった背中をこちらに向けた。
散歩者かつんかつんと棒の先で固い音をさせながら、
ゆっくりと公園の奥へと消えて行く。
カラスのような大きな鳥が現れて後を追うようにバサバサと飛んで行った。


独りになって不意に眠気に見舞われる。
満腹だからか緊張の反動か、あるいはその両方の副作用なのか、
意識がじわじわと薄れるのと反比例して秋の虫の音が耳に大きく聞こえ出した。
バナナの皮を枕に首を預けてみる。
一瞬だけヒンヤリを感じると、
あとはもうずるずると寝むりの沼にハマってゆくだけだった。





ムズとして反射的に払い除けると、
オイラの鼻先からトンボは隣のベンチへとまる。

カップルは消えていた。

太陽も消えている。

いつの間にか夕陽は沈み辺りに浅く夜がにじみ始めていた。

西の空はまだ薄明るい。

真直ぐな広い道路の奥では銀座有楽町のネオンが点き始めていた。


これからどんどん夜は長くなる。

少し忙しくなる時季がそこまで来ていた。

そして、すぐに冬支度が始まるのだろう。

季節は巡るのだった。

もう二、三日は音楽など聞きに来れるのだろうか。。

そろそろ猫達の時間だった。

巣に帰る。


街灯に小さな蝙蝠がシルエットしてせわしなく夜の開始だけ知らせるとまばらな拍手が聞こえてきた。
ようやく次の曲が演奏されるのだろうか。
しばらく行ったり来たりしていた蝙蝠は獲物を見つけたのかそのままひらひらと、
あっという間に噴水の向こうへと消えて行った。
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Edit by : Tobio忍者ブログ│[PR]