「どうやら完全にやんだようじゃの」
帽子を取ってからしばらくして老人は言った。
ひたひたとおでこを何度も叩く。
主人の微動に膝の上で猫の目が開いた。
おでこに触れながら老人は頷いている。
猫は音もなく地面に飛び降りた。
でけぇ、猫のあまりの大きさに思わず声が出る。
老人の足下で大猫は豪快に伸びをした。
猫にばかり視線を釘付けていると老人の呟きがかろうじて耳に届く。
前触れ、と言ったかと思うと老人はベンチから重そうに腰を上げた。
ゆっくりとした足取りで老人が進み、大猫がその後をしなやかに付いて行く。
もうバス来ますよ、と言ってみた。
老人は笑みを浮かべ再び前触れという言葉を静かに繰り返す。
ポケットから何かを二粒取り出した。
一つは猫にもう一つは自分の口に放り込む。
歩く速度が上がった老人と猫が角を曲がってしまう迄見ていた。
バス停のベンチに座り直し遠くを見ると丘の上の風車が全て止まっている。
それは生まれて初めて見る異様な光景だった。
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