「どうおねーさん、珍しいだろそいつ」
見なれぬモノが店先の隅で野菜や果物に紛れていた。
雨っこ
そいつが入れられている段ボールのふたにそうなぐり書かれてある。
雨にそのままさらされていたのだろうか、箱全体がびっしょりと濡れていた。
「止んだか」
八百屋のおじさんはそう呟いて右腕を宙に出す。
手の平を返し雨をうかがった。
わたしも空を仰ぐ。
連日のぐずつきも5日目でようやく解消されるのか、
空全体に広がる雲の所々に白みが差していた。
「もう今日迄だろな、お姉さん、そいつ持ってってよ」
店主はそう言って落ちていた段ボールの切れ端に赤のマジックを乱暴に走らせる。
どうぞご自由に
ほい、と軽快に雨っこの箱に差込んだ。
今だと私は八百屋に話しかけると奥から電話が鳴る。
わたしの「いったいこれは何ですか」は呼び鈴にかき消された。
久しぶりに耳にする懐かしい音にけたたましく呼ばれて店主はほいほいと奥へと消えた。
私は再び目の前の雨っこを見下ろしてみる。
大きな種を思わせる茶色のツルりとしたモノを凝視しながらもう一度丁寧に自分の記憶を手繰ってみて、やはり「雨っこ」が自分の辞書にはないという事を確信した。
見据える目の前の新種な球状に好奇の心が手を招いている。
私はバックを持ち替えるとそろそろと右手を雨っこに伸ばしていった。
店の奥の電話口で八百屋のおじさんが大声で笑っている。
ご自由に、に甘んじ私は雨っこを持ち帰ってみる決意をした。
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