忍者ブログ


今日も地球がまわるからワタシはぐるぐる夢をみる、、 ふわふわ浮かんだ妄想を短編小説に込めました、、ユメミルアナタへ愛を込めて☆             
1  2  3  4  5 
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。


今更、
案外、桜ってあちこちにある、
豊橋タモツはそんな事に気づきながら、
池までの道すがらで十一本目の空き缶を拾った。
中にたまっているのは昨日までの雨である。
街路樹の根元にとくとくと注いでから、
持参のビニールの袋に落とすとこんと空いた音がした。

自宅から徒歩で二十五分の所に区民公園がある。
公園の中心にはこじんまりとした池があった。
幼きタモツ少年はその公園を池と呼び始め、それは今も続いている。
この半年「池までの散歩」がどうやらすっかり日課となっていた。

元々は受験勉強中のリフレッシュのために始めた事である。
悶々と机に向かいながら煮詰まったり眠くなったりすると完全防寒で部屋を出た。
冬の凍てつく空気をかき分けながらのしのし歩きだす。
徐々に上がってくる息に合わせて冷えた外気を取り込んでいった。
体の中のヌルくダレた空気がゆっくりと入れ替わる。
ほんの十分のウォーキングで眠気は吹き飛び集中力が甦るのだった。

年が明け、受験を迎え、そして受験を終えて、卒業。
冬が一気に緩みだすと完全に深夜だったはずの時間が少しずつ少しずつ早朝へと変わっていった。
もはや、日常生活でそこまで集中力を要する事もなかったのだが、
なんとはなしに、池までの散歩は続けている。


高校生活がスタートした。

そして、最近は「そろそろこの散歩ももういいかな」と豊橋タモツは思い始めている。

モチベーションが下がりだしたのはヴァレンタインの頃だろうか、この行為習慣をより意義のあるものにしようと考えた。そこで豊橋タモツはなんとなく、空き缶を拾い始める。ふと加えたそのクリーンなゲーム性は功を奏し、リフレッシュという不要の役割の習慣に対する自分の気持ちの落としどころとしては十分に効果的であった、、のだが、しかしそれも初回だけであった。「さぁ今日も」と向かった翌日、空き缶の回収本数はゼロ。もともと閑静な古い住宅街である、空き缶などそうぽいぽいと落ちてはいなかった。翌々日、三日目、中四、五、六、七、、一週間が空いてようやく一本、電話ボックスの中で発見した。これほどささやか過ぎる成果には若干十五才の青二才の意欲は急速に萎えてゆくのである。豊橋タモツはすぐに次の手を思案して、なんとなく今度は順路を変えてみた。目的地の池は変えずに、ただ、時には遠回りしたりもしながら毎朝違うルートを歩いてみる。すると、この作戦は初回に限らず継続的に効果的だった。空き缶という戦利品もこつこつと得られつつ、通り一本見る角度が変わるだけで毎回小さな発見がある。自分がいかに自分の家の周りすらを知らぬのか、がかなり面白くて、そしてとても新鮮だった。こうして「池と自宅の往復缶拾い時々散歩」は今日まで継続されているのである。十回程度で考えうる全ルートを走破ならぬ歩破しても、最初のルートに戻ってみると慣れたはずの光景にもけっこう新たな印象で挑めるのだった。モチベーションはそこそこ確保されながら、気がつくとまもなく半年になろうとしていたという事である。
そして豊橋タモツは「お散歩もそろそろなぁ」と近頃考え始めているのだった。


この散歩は不思議。

半年間、歩いていてまだ誰ともすれ違っていなかった。いつも独り。その可能性の希少を考えると豊橋タモツはそれだけでも歩く価値があると思った。次の散歩で不意に誰かに遭遇した時、多分、もしかして、「よし今日で終わり」となるのかもしれない、そんな事をなんとなく毎回思い始めている。なぜなら「そろそろ」と思っているから、、誰かとすれ違ったなら、それがキッカケになる気がしていた。豊橋タモツはいつか来るその未だ見ぬ運命の「誰か」に現れて欲しいような欲しくないような、やはり不思議な気分を抱きながら今日も歩いているのである。


このところ、

豊橋タモツの中で歩きながらあれこれ考えるのが流行っていた。

例えば今朝は池からの帰りにこんな事を考えている、、

早朝と深夜の違いについてである。


早朝と深夜は「静寂」という点だけをとれば似ていると言える、
早朝と深夜は時間的に差はほとんど無い、
じゃあそれは明るさ暗さに全てが起因するのか、
いや、違う、
去年暗い池のほとりで目を閉じてみたときの記憶、
今朝すでに明るくなり始めてから目を閉じたときの記憶、
まぶたの裏に感じる世界と体感、
閉じる瞬間、
開ける瞬間、
明るさとは無関係、
それは空気が違うからだ、

整理のつかぬとりとめのない問答が続くのだった。


深夜は恐怖、
早朝は安堵、
深夜は消沈で早朝がさながら充電、
深夜は停滞してるし、
早朝は開始しようとしている、
深夜はひっそりで、
早朝は、
深夜はひっそりで、、
ひっそりと早朝は、
早朝は何だ、
、きらきら
、、きらきら?


早朝を上手く表せない事がもどかしくも愉しいのである。すんなりといけぬ不完全な自分と対峙する事が妙にテンションを上げては意識を研ぎ澄ませていた。それが、なんか知的。今朝は、とにかく「太陽が最強」という結論に着地して、満悦のうちに次の議題がわいて出るのを待ちながら歩くのだった。些細な疑問をスケールをめちゃくちゃにして大袈裟にして悶々と真剣に考える。それが、なんか知的な事であり、そんな無駄っぽい思案こそ高等生物らしく一番意義ある行為なのだ、そう確信しては、豊橋タモツは最近哲学ブームなのだった。

受験を乗り越えた安心感なのか、
第一志望を勝ち得た自信からなのか、
少年から一段上に上がりたがっているのか、
とにかく、傍目にはキワめてメンドクサイ十五才、それが豊橋タモツの現在である。



タモツの鼻先をひらひらと桜の花びらがかすめた。

舞い落ちる小さなハート形をボクシングっぽくパンチで掴もうとして空振り。
見送りながらうつむいた姿勢で独り照れ笑ってみると、じいちゃんの声を耳の奥できいた。
顔を上げて前を見る。
いないから振り返るとじいちゃんが遠くに見えた。

遭遇者。
ついにのその者はじいちゃんだった。
ん。

すれ違っていはいないか、

どうやら「キッカケ」にはなりそうになかった。


じいちゃんは自転車でこっちに向かってくる。
が、遠い。
声の感じの予測よりもまだずいぶん距離があった。
どうやら、
二人の間が無人でしかも早朝であるという条件が、
じいちゃんの声をいつもよりはっきりと受信できたのだろう。
それで距離感を間違えたのだった。


「コーエンいってきたんか」

じいちゃんは池の事を公園と言う。

じいちゃんの自転車はタモツの歩きよりも遅かった。
神業的にスローに自転車を走らせる。

豊橋タモツは空き缶のビニールを上にあげて応えた。

タモツの方から声を送る事はまだできない、受信のみ。
遥か遠くのじいちゃんに背中を向けて家へと向かった。

十五本の空き缶は袋の中でじっと一つに固まっている。
振る腕に不規則なリズムをつけると、
チームワークよく一つとしてがさりと動くのだった。
今朝の成果のずしりとした感触が悪くない。


玄関に入る手前でじいちゃんと並んだ。

自転車をとめてじいちゃんは玄関より部屋に入る。

豊橋タモツはそのまま脇から庭の方にまわった。

ばあちゃんが雨戸を開けている。

ばーちゃんおはよぉ

「ぅはよーさん」

ガラス戸を顔一つ分だけ開けると、
欠伸混じりにばあちゃんは言った。

「池かい」

うちではじいちゃんだけが公園と言う。
うんと頷いたのを確かめると、
ちらとだけ空き缶の袋に目をやって、
ばあちゃんはさっさと部屋の奥へと入って行った。


豊橋タモツはガラス戸を一人分だけ開ける。
朝の静寂にがららが響いた。
縁側に座る。
見上げると真正面でうちの桜の季節も終わろうとしていた。
いつの間にかピンクと緑が逆転している。

まだ冷たい朝の風が花びらだけ舞い上げた。

こうしている間にも葉桜へとかわってゆく。


「タモ」

ばあちゃんが再び来た。
家族でばあちゃんだけが「ツ」を省略する。
いつか理由を聞いた時、
ただ二文字が好きだからだよとばあちゃんは言った。


「これ来てたよ」


お 久しぶり

アキ姉からの月に一度のポストカードには、
毎度通りに懐かしい癖字で簡潔に他愛無い近況報告が書かれている。
カードには桜並木、
ポトマック河畔にてとあった。


「もう最後だね」

そうばあちゃんが言って桜を見上げると今朝一番の強い風。

桜が吹雪いた。

二人で最後の花見を数秒、

観終えると葉ばかりとなったうちの桜が見下ろしている。

庭ですっと風が止んだ。


「あとひとつ」

ばあちゃんが中腹の枝の先を指差している。

見ると一輪残っていた。


あれで最後か


タモツがそうつぶやいて、

ばあちゃんは黙って奥へと戻って行く。




タモツは縁側から二階に上がりゆっくりと制服に着替えた。

豊橋家の朝食は早い。



じいちゃん、これもう読んだ?

アキ姉のポストカードを差し出した。

「ん」

そう言ってじいちゃんは茶碗を持ったまま、

箸を置く手でカードを受ける。


「何度でも読むんだよ」

ばあちゃんは澄まし顔でそう言うと漬け物を奥の歯で軽快に噛んだ。


あれ うちのサクラ

タモツは部屋の隅を箸で指して聞く。

ここと玄関の両方からちょうど目に入る位置に、

昨日まではなかった大きな花瓶が置かれていた。

ばあちゃんが振り返る。



「あれはヤマザクラ」

北のおともだちから昨日送ってきたのよと言って、
ばあちゃんはトーストを小さくかじった。
今朝のばあちゃんはパンモード、
ばあちゃんの朝の気分はだいたい十七対三の割合でコメ。
つまり今朝はレアな日だった。
特別。
昨日の晩、
テレビか新聞かとにかく何かに怒りをこみ上げたのか、
あるいはすごく気分がイイのかのどちらかのはずだった。

ばあちゃんはじいちゃんの湯呑みに急須を傾けてから、
自分のマグカップにも日本茶を注ぎ足して言う。

「桜切る馬鹿、梅切らぬ馬鹿」



ばあちゃんはほわとした湯気の向こうで微笑んでいた。

「ふふふ。。」

少し声をもらす。
そしてばあちゃんはうちの桜には手は出せないのよと言い足した。


言葉の意味はよくわからなかったが、
ばあちゃんの気分上々を確信できるとすっと気が和むのである。

豊橋家ではいつだってばあちゃんの元気が集いの食卓の温度を上げるのだった。
一家七人全員が揃っていても、
たまたま留守をまもっている三人だけの食事でもそれは変わらないのである。


ばあちゃんはうちの太陽だな、

あらためてそう思いながら黙って胸の奥でばあちゃんを敬ってみた。

豊橋タモツは汁碗を顔の前にかかげ傾けるとフチから落ちようとする最後のひと雫をなめ上げる。


その時じいちゃんは外国からの孫の便りをじっと読んでは返しし、

ワシントンの桜の写真と文面を何度も見比べていた。


じいちゃんの後ろでうちの桜がキラキラと輝いている。

すっかり緑でも昇ったばかりの今日の陽の光を受けながら、

来年に向けてか、

ようやく本格的に始まったばかりの春をできるだけ深く大きく呼吸しているようだった。



ねぇ ばあちゃん


どんぶりに残る米粒をひとつひとつ箸の先で丁寧に口に運びながら、

それから豊橋タモツは太陽がいかに最強かを祖母に説いてみる。


祖母は嬉しそうに耳を傾けながらも、

いつでも孫の持論の隙をつついてやろうと、

すっと背筋を伸ばし目を細めながら頬杖で身を乗り出した。



「そうかそうか」

じいちゃんがひとり言の様につぶやいている。

ようやくカードを横に置いてから、ずずと冷めたみそ汁を満悦にすすった。



豊橋家は毎度、示し合わせたかの様にだいたい同時に食事を終える。

「呼吸」だよといつか父さんは言っていた。

他人にはなかなか説明できないが、

タモツは食事の終わるまでのこの五分が好きである。

特に朝が好きだった。

それぞれの一日がスタートする。

その直前の短い共通の空間で、

ヨーイドンの前にさぁとみんな一斉にエンジンをかける感じ、

連帯感、

そこで待機する共通の、

共通のなにか、

家族、


どうやら、

そういうのは今どき変らしいけど、

でも、

豊橋タモツはそういうの「あり」なんじゃないかなと思っていた。





細く開けてある縁側の窓の隙間から桜が入り込む。

ばあちゃんが指差した庭の木の最後の一輪だった。


バラバラに散った花びらはそれぞれ小さな蝶になりひらひらと部屋を舞う。

居間に入ると食卓をしばらく周るのだった。


三人の周りをしばらく飛んでから、

やがて、

桜の蝶は踊る様にして三人を離れると、

玄関へ向かう廊下の手前でヤマザクラの枝へと身を寄せてゆく。


蝶はしばらく吟味していた。

やがて、

意を決っしたのか、

中でもひときわはちきれん、

丸々としたツボミにぴたりぴたりととまるのである。


一瞬、

あと言う間だけ時間を置くとすぐに蝶は花びらと戻った。


ゆっくりとひる返り、

床に落ちながら、

花瓶の中の枝の先で、

ヤマザクラの太ったツボミが、

部屋の隅で次々にぽんぽんと開いていった。

PR
Edit by : Tobio忍者ブログ│[PR]