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今日も地球がまわるからワタシはぐるぐる夢をみる、、 ふわふわ浮かんだ妄想を短編小説に込めました、、ユメミルアナタへ愛を込めて☆             
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エレベーターが到着するのを待つ間、

洋平は今日の「外出」の最終確認をしている。

部屋を出る前に閉めたベランダ、

消したガス電気を丁寧に脳で反芻していた。

持ち物に忘れ物はないかポケットに触れながら頭の中でカバンを開ける。


しんとして冷ややかなエレベーターの扉の前で、

その日の持ち物を黙って頭で照会するのだった。

それが、

このマンションに越して来てから身につけた、

洋平の習慣のひとつである。

洋平はエレベーターのあるマンションに住むのは初めてだった。

エレベーターは時間を食う、、

その事はここに移り住んで初めて洋平が知った事のひとつである。


マンションの最上階という憧れの環境で、

洋平が初めて非の打ち所を発見した瞬間である。

新しい生活に吹く新鮮な風、その程度の小さな小さな不満だった。


洋平はとにかく部屋を出てしまう事にしたのである。

十メートル進んで、

どうせ足止めをくらうエレベーターの前で「忘れ」がないか確認をする事にした。



このフロアのすぐ上、

屋上にある機械室がワイヤーを巻き上げる。

平たく響くモーター音が最上階の静寂にすっかり馴染んでいた。

洋平は脳裏でカバンを探り続けている。

視線だけ上げた。

エレベーターの位置を示すランプが、

とんそしてとんと移動して、

順調に上昇を示している。




いよいよすぐ下の階が点灯した時、
洋平は奥歯を軽く噛んで左目を閉じた。

忘れ物に気がついたのである。


そもそも、
確認癖のついている洋平は忘れ物をする事はほとんどなかった。
それもあっての部屋の外まで引っ張れる「確認作業」である。

泊まりの時は普段とは用意が若干違った。
今夜、洋平は宿直である。



何か手段はないか

部屋に戻るしかないのに、ランプを見つめたまま洋平の脳はあがいていた。
悔しさを和らげる様に頭の中がぐるぐると忙しい。


ちん

上品なチャイムが一つ鳴った。
ごとりと扉が反応する。



カバンを挟んで停めておく

結局、洋平の頭はそんな初歩的な迷惑行為しかはじき出せなかった。

するすると開く扉の向こうに、
待望していたはずのエレベーターがしっかりとそこにある。

洋平の視線は目の前の光景にただぼんやりと引っ張られてゆくのだった。


ん?

無人の箱の中がうっすらと煙っている。

霧の様なそれは、

どうやら昼間の「陽気」だった。

エレベーターという狭い空間にたっぷりの春が充満している。



時刻はそろそろ18時になろうとしていた。

日中は遥か上空を舞っていた風が徐々に下がっている。

そろそろと冷気を地上へと運び始めていた。

夜が来る。


冷たい夜風は洋平が今いる最上階の廊下にも迷い込んだ。

エレベーターに吹き込んだ風が中をかき混ぜるから、

辺りにゆらゆらと春の陽気が混ざってゆく。

洋平はふらふらとエレベーターに乗り込んだ。

漂い出す春っぽい青っぽい匂い。

緩い空気が洋平に絡みついては箱の中へと引き寄せていた。

エレベーターの中はいっそう春が濃い。

音もなく扉がするすると閉まり始めた。





洋平は振り返る。

背後で扉が完全に閉まりきる寸前、

間一髪、手刀を隙間に差し入れた。

ア スイマセン、、とばかりにエレベーターは慌てて再び扉を開く。


忘れ物だよ

よろけた洋平は壁に手をついて体勢を整えた。

エレベーターから出ようと身体を外に向けて踏み出した右足に体重を移動する。


その時、

誰かの視線が交差した。

微弱。

それでも確かな存在感が洋平の五感のそれぞれにかすめていった。

洋平は発信の先に目を向ける。




タケノコ?


ドアに近い側、階数ボタンの下の外からは見えない隅を凝視した。


筍が一本コチラを向いている。

洋平は左手で扉を制しながら、

その場にしゃがむとゆっくりと筍に顔を近づけた。

缶コーヒーほどの大きさとかなり小さめではあるが、

瑞瑞しく確かにまだ活きている。


洋平は筍にそっと触れた。

大型の獣の皮膚のようなごわりとした感触。

そして、ゆっくりと持ち上げた。

くっとした重みを伝え、

筍は上がらない。

ささやかな、

でも確かな手応えがそいつが置いてあるのではない事を知らせてきた。

筍はそこから生えている。

エレベーターの隅っこで薄い絨毯の上からひょっこりとカオを出していた。




洋平は乱暴に部屋に入る。靴を放り脱ぐとドアが閉まるのも待たずに廊下を駆け抜けた。台所に向かいシンクの下の物入れをあさる。ずっと出番のなかったフライパンをひっぱり出して水道の蛇口をひねった。浅く水を張る。フライパンをテーブルに置いて中央にタケノコを立ててそっと底を水にひたした。そこまで一気にやって小さく一つ息を吐く。カバンを肩から降ろして、ようやく電気のスイッチへと向かった。


窓の外で空のグラデーションはすっかり夜が目立ってる。

カーテンを引きながら洋平はさっきの始終を反芻した。

そして深く懺悔する。

エレベーターの中でひたひたと筍に触れていて、抜きたいという衝動が現れた。矢先、すでに洋平にはその欲望が抑え切れない。次の瞬間、掘ったという手応えとともに洋平の右手には小さな筍が握られていた。手の中で生命力がしゅうしゅうと弱まってゆく。そして、洋平は自室へと駆け出した。。




季節は確実に巡っている。

宿直が明け帰宅の途でもう空が明るかった。

太陽はまだ昇っていない。

そういえばなどとまだ十分に夜だった前回の泊まり明けを思い出しながら、

洋平は白々とした早朝にマンションに帰ってきた。


エレベーターホールに入る前にひとつ息を吐くと、

高濃の疲れた息が足下に重く落ちる。

滅多にない忙しい深夜勤だった。

相次いぐ取り次ぎやクレームで休む暇のない、

年に数度の「ハズレ」の夜である。


洋平は外を向いて朝の澄んだ空気を吸い込んでからエレベーターへと向かった。

タケノコの呪い

出発時のあの一連をざっと思い出して、
再びしょんぼりと十字架を背負ってみる。


エレベーターは一階で待機していた。
「開」を押す。
まだ寝ていたのだろう、
一拍おいてからごとりとドアが動き出した。
中に入る。
陽気はもうなかった。
新品の匂いのいつもの尖った空気がじっととどまっている。

最上階へと運ばれながら洋平は視線を上げていた。
階の進みを示す電光版をただじっと見ている。
でも意識は床を探っていた。
筍のあった隅っこから何かを感知したいと、
思いながら、でも見れないのである。

例の上品なチャイムが鳴って、

エレベーターが最上階へ到着した事を告げた。

ゆるい浮遊感が落ちて重力が戻る。

ドアが開くと最上階の風がなだれ込んだ。

下とはやはり少し違う。

出る時、洋平はちらと隅に一瞥をくれた。

ばれぬ様に さっと

誰に?



部屋へと歩く。

十メートルの間、洋平は景色を堪能していた。

朝の見慣れた景色が逆に流れている、ただそれだけで新鮮なのである。

歩く速度を落として、遠くの鳥を目で追った。

そのもっと遠くに尾根がくっきりと見える。

行ってみたい

洋平は遥かな山の陰に吸い込まれながら急にそう思っていた。


ポケットの鍵を探っていると屋上の機械室が不意に唸る。

階下の誰かがエレベーターを呼んだ。

今日が始まっている。


洋平は聞いていた。

ドアの前でじっと目を閉じて耳をすます。

ぶうんとマンションに響くモーター音が、

やがて止まるのを確認しようと、

それまではと、

ぴっと息を詰めてみた。

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