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今日も地球がまわるからワタシはぐるぐる夢をみる、、 ふわふわ浮かんだ妄想を短編小説に込めました、、ユメミルアナタへ愛を込めて☆             
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新宿は雷雨。



ファンファーレとともにニュースが始まって、
番組タイトルの背景にJRの見慣れた出口が映っている。
大勢が雨宿りをしていた。

(今晩出そう)

映像がスタジオに切り替わる。
キャスターが揃って頭を下げると杉咲都子はテレビを消した。

例年通り “今日” が 4分の3 終わった。
何事もなく誰にも知られずに時間が過ぎていく。
ここ3年の杉咲都子の誕生日の過ごし方だった。


ぼんやりとすっかりぬるいコーヒーに手を伸ばした。
マグカップの底で酸化したこげ茶の液が口に広がる。
テレビが消えて雨音が際立った。

天井を仰ぎ目を閉じて、
ゆっくりと落ちてくる最後の一滴を待った。

(...............)

カップの縁から唇を離すと暗い底で妖精が1人笑っていた。
飲み残してついたコーヒーの輪の中心でふわと浮いていた。

(出た。。でも)

遠くでパトカーのサイレンが聞こえる。

すぐに妖精は消えた。
輪郭からボヤけて陶の白にすうと溶けた。

(...............)

杉咲都子は “川” を変更して少し遠出の感じに着替え直した。

マグカップの妖精は “本当” の妖精ではなかった。




杉咲吟次は雨が降ると川の増水を見に行った。
吟次には2人の娘がいたが近所の川には妹の都子だけを連れて行った。

増水行くか? と娘姉妹は誘いを受ける。
行かないと姉は即答し細かく絶望する父を気使って妹がいつも同行した。

都子が中学に入学するとなぜか吟次から増水に誘う事は無くなった。
物心ついて都子は1人で川を目指した。

30が近づいて杉咲都子には尚その性癖が残っていた。
ごうごうと増水する川に魅せられるというよりも、
ただ “習慣” として増水見物に衝動するのだった。



杉咲都子は大振りの傘を選び部屋を出た。

6月の終わりにしては少し冷えた夜だった。
風は適度に弱く嵐の予感はない。
レインシューズをやめて裸足にサンダルを履く、
バギーパンツを膝までまくり大雨にあらわれる足を楽しんだ。

新宿までのガラガラの車内で杉咲都子は男達の事を少し考えた。
父吟次の事、昔のボーイフレンド達の事、、彼らとの記憶の断片が時間軸を無視してひとつ浮かんでは次の思い出にぼんやりと切り替わる。さしたる感慨もないまま、いつの間にか杉咲都子はユルく揺れる列車のリズムにうとうとと身を任せていた。

やがて車内アナウンスが少ない客にも丁寧に新宿の到着を告げた。


地下鉄の改札を抜けエスカレーターで地上に出ると杉咲都子の足は自然と都庁に向いていた。




杉咲都子と本当の妖精は出会いが大雨の日なら別れの日も大雨だった。

杉咲都子は本当の妖精を溺愛した。
本当の妖精も杉咲都子によくなついていた。
どんな時も2人は一緒だった。
外出するときは小さな箱に入れて本当の妖精を連れて歩いていた。

杉咲都子は人混みが苦手だったので雨の日を選んで街に出た。
朝から大雨のあの日は上京して初めての都庁だった。
妖精と一緒に都庁を仰ぎ圧倒されていた。
すごいねすごいねと言い合って、
雨を気持ち良さそうに受けながら、やがて本当の妖精は消えた。

杉咲都子はあの日からよく妖精が見えるようになったのだが、
本当の妖精とは2度と会っていなかった。




今夜、杉咲都子はあの時と同じ場所で2度目の都庁を仰いでみた。
本当の妖精は出ない。
心に強く想ってみても本当の妖精はやっぱり出なかった。

辺りをぐるぐると歩いて何度も呼んでみた。
何度も何度も呼んでみる。
杉咲都子の声は全然届かなかった。
にょきにょきとはえるビルの間でいつまでもただ1人だった。

4度目に傘がビル風に裏返った時、
杉咲都子はナニかを受け入れ駅へとかえった。



夕方のニュースの光景とはうってかわって南口は閑散としていた。
タクシーの姿も無く人は数える程に減っていた。
屋根のある所まで風が雨を運ぶ。
雨はまるで弱まる気配すらなかった。

コンコースではいそいそとショップの閉店準備が進み、
帰宅する者も働く者もそこにいる全員がこんな日を恨み今日のゴールへとスパートしていた。ただ2人、杉咲都子とそのオトコを除いては。。

ユメのオトコがそこにいた。


夢にそのオトコが現れ始めたのは、
同棲を解消して引っ越してから1年後だった。
そのユメのオトコが雨の新宿の空をじっと見ていた。



「海から蒸発した水が。。。」


2人は5mの距離に並んでしばらく降る雨を見ていた。
そして、不意にユメのオトコが話しかけてきた。


「。。。雨になるのに10日位かかる」


杉咲都子はわざとゆっくりめに声の方を向いた。
そのオトコは夢での印象より背が高く話すと少し若い。
しばらくの沈黙の後、ユメのオトコはさらりと言った。


「一緒に帰らない」


オトコの誘いにのる事は決まっていた。


 川。。ある?


「近くにはない。。電車では1本越える」


 そう


落胆を見せたかもしれなかった。
ここにきてまだ衝動が起こる。



「海に行こう」


ユメのオトコは初めて杉咲都子の方を向いた。
大きな黒目がキレイに蛍光灯を反射する。


 海なんてあるの?


男はふふと笑ったきりそれには答えなかった。
新しい世紀とともに山の郷国から上京してあっと言う間に8年半が過ぎていた。
そう言えば海をまだ見ていない。


「海はもっとすごい」


都子には何がすごいのかわからなかった。
それよりも自分から出たすっとんきょうな質問を恥じた。


「増水だろ。。川って」


 え?


ユメのオトコはくると反転し券売機に向かうと路線図を見上げた。
片手をアゴにつけて絵に描いた様に思案するオトコ。
その背中に妖精がいた。
ディバックのファスナーにキーホルダーの様にぶら下がっていた。


“あの” 妖精ではなかった。
でもそれが本当の妖精である事が杉咲都子にはわかった。

ユメのオトコの背中で妖精は悪戯な笑顔をつくっている。
振り子の様にわざと大げさに揺れるとユメのオトコは振り向いた。
嬉しそうに右手の1枚を差し出した。


「海はもっとすごい」


 海までどの位?


切符を受け取りながら都子は聞いた。
男物のデジタル時計が力強く22時を告げようとしていた。
ギリギリ “今日” のまま着く。


(わたしの生まれた日)


黙って改札に向かうオトコとの距離を詰めた。

使い込まれたディバックがオトコの “らしさ” を表していた。
ファスナーで妖精が楽しそうに揺れている。

触れてみようと手を伸ばした。と、その時、頭上で雷鳴が轟いた。
大音響に辺りの空気がびりと止まる。
一瞬後、一層の強い雨音が駅全体を包み込んだ。


「オレ、カミナリって少し苦手」


ユメのオトコは振り向いて少しハニカんだ。


 わたしも


ホームへの階段を降りる。
ユメのオトコから妖精は消えていた。
跡には控えめなキーホルダーが揺れている。
歩みに合わせて、この人らしくキラキラと揺れていた。
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