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今日も地球がまわるからワタシはぐるぐる夢をみる、、 ふわふわ浮かんだ妄想を短編小説に込めました、、ユメミルアナタへ愛を込めて☆             
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頬をぺしぺしとタタかれて中野富鞠子はようやく1ミリだけ目を開けた。


車内の蛍光灯がやたら眩しい。
再びまぶたを閉じた。

(帰らないと)

ぐっすりと眠ったお陰か頭はどうやらスッキリしていた。


「終点ですんよ」

あ、すいません


顔を上げると車掌は年老いたテナガザルだった。

「もう車庫に入れるんですんよ、ささ」

テナガザルの車掌は独特のアクセントで急かした。
中野富鞠子は車内の中央、床の上で寝ていた。

(終電逃して、、タクシーに乗せてもらったはずなのに)


あ、あのこれ何線、、

話しかけると車掌はすでにそっぽを向いていた。


、、、、(うちの猫と一緒だな)


中野富鞠子は謎解きを諦めて目の前の獣を観察する事にした。
泥酔で回っていた視界は落ち着いている。
テナガザルの車掌は座席によじ登ると長い腕を突き出した。
ブレザーの袖からにゅうと毛むくじゃらが伸びる。
そのまま飛び上がると吊り革をつかんでぶら下がった。
2度3度と反動をつけるとひょいひょいとウンテイの要領であっという間に先の車両へと移って行った。

若猿かも

中野富鞠子はよぼよぼだのと勝手に決めつけた事を改めた。

頭上の吊り革に手を伸ばす。
自分もやってみたくなった。
久しぶりに握る白い輪は小さい。

(小さい頃こいつを握るのに憧れたっけ)

ぐぐと握った両手に力を込めた。
みしと突っ張るビニール。
体重を預けてしまうと最後に足を曲げてぎりぎり地面から離れた。

ぶら下がった所までで身動きがとれなかった。
んんと唸り非力な腕が重力とせめぎあう。
程なくしてシートにへたり込んだ。



そして男がいた。

切れた息のまま顔を上げると箱の様なオトコ。
7人掛けの向かいのシートに大きな図体(ずうたい)が座っていた。


(今、、顔、真っ赤なはず)

着衣の乱れを直しながらちらちらとうかがうと男は正視している。
中野富鞠子はウンテイ(ぶら下がり止まり)で乱れた息を極力冷静に整えた。

(へそ見られたよな)

冷静になれとの命とは裏腹に上気する顔。
誤摩化す様に左右に小さく視線を向けた。
隣りを含めて見通せる車内には誰もいない。
中野富鞠子は箱の様なオトコと向かい合うかたちで長いシートに腰掛けた。


いつから、、そこに、見てました

箱の様なオトコは口元をニヤと上品に緩めた。
中野富鞠子は再び顔を赤らめている。
スピーカーから車内アナウンスが流れた。


「まもなく、この電車は車庫へと入るのですん」


テナガザルの車掌のアクセントだった。
立ち上がりドアへと向かおうとする中野富鞠子を箱の様なオトコが制す。

へ、、

「大丈夫ですよ」

車庫にって、いま、、

中野富鞠子はスピーカーを指差した。


「車庫には入りません」

も、車掌さん、、

「車掌じゃないです」

あのテナガザル、、

「あのテナガザル、ただの手の長い猿です」

へ  ただの、、

拍子が抜け中野富鞠子はシートに戻った。
そしてふふと笑う。

「この列車はまだしばらくこのままです」

箱の様なオトコもくくくと上品に笑った。



「これご存知ですか」

そう言うと箱の様なオトコはハンカチと5円玉を使って簡単なマジックをした。
負けじと中野富鞠子はヨガで習った最新のポーズを披露する。
屈託の無い拍手が交換された。

無人の車内。
皓皓とした蛍光灯の下で初対面の2人は無邪気に融けた。

それから2人はあれこれとお互いの事以外を話していた。
そんな暗黙にできたルールに中野富鞠子の肩の力はどんどん抜ける。
この上なく “楽” に包まれながらとても楽しいとも感じていた。



「入りませんか」

2人とも話し疲れた頃、箱の様なオトコはそっとフタを開いた。
中野富鞠子は立ち上がる。
3歩の距離を縮めると黙ってオトコの縁に触れた。
飾り気のない外側は段ボールの様なシンプルな肌合いである。
パンプスを手に持ってそおっと中に入ってみた。
箱の様なオトコのやわらかい表情が安心感をくれる。
箱の中はやわらかく足の長い毛で覆われていた。




ぺしぺし

頬が再びタタかれて中野富鞠子ははっとした。
すばやく7人掛けのシートから身を起こす。

いっけな、、何時、、今何時ですか


「じき夜明けですんよ」

テナガザルだった。
ちゃんと返答されたが車掌の帽子もかぶっていないし制服も着ていない。


私 帰らないと


テナガザルは外を指差した。

「じきに始発電車が出ますんよ」

2つ向こうのホームにクリーム色の客車が停車している。

(ほんとかな、でも、、) 乗らなきゃ

中野富鞠子はテナガザルに会釈をすると立ち上がった。
電車からホームに下りると風が吹きぬける。
箱の様なオトコの中から出た時の寒さよりも身体は凍った。
階段を上って1つホームを越える。
駆け下りると程近いドアに飛び込むとすっかり火照っていた。
そして、中野富鞠子はどんと安堵する。
酔いの覚めた頭で浮かぶ色々な “現実” を考えないようにした。

(3時間後に始まる仕事の事、、とか)


無心で列車の中を歩いていると最後尾の車両まで来ていた。
老婆が1人座っている。
脇に自分よりも大きなつづらの様な荷物が置かれていた。
おばあさんはじっと目を閉じている。
視界の端に彼女を置いたまま中野富鞠子も座席に着いた。

これでホントに帰れんのか、、

こびりつく面倒な疑念を振り払い目を閉じる。
テナガザルの車掌を再生した。
吊り革の感触を思い出す。
箱の様なオトコを想った。
箱の中の甘美を反芻する。。
そして不意に決意した。

(年内に旅行に行こう)

秋の夜の風が開けっ放しのドアから入る。
中野富鞠子の鼻先をかすった。
10月もいよいよ終わる。

出発を待てずに夢の使いが手を引いた。

中野富鞠子は抗わない。


夜明け前のしんとした空気の中でぶしゅうと大きな音を聞いた。
クリーム色の1番列車が豪快に温かい息を吐く。

出発せい、、

夢の淵で中野富鞠子はぼんやりと願う。


間もなく。。
夜だけは確実に明けようとしていた。
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