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今日も地球がまわるからワタシはぐるぐる夢をみる、、 ふわふわ浮かんだ妄想を短編小説に込めました、、ユメミルアナタへ愛を込めて☆             
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胸が詰まってきた。。
中澤茶之助は渋谷に向かっている。
妙な緊張感が鳩尾(みぞおち)の辺りをむかむかさせた。


前回この街を訪れたのはいつだったか、、記憶がない。
思春期を過ごしたかつての居場所にはずいぶんご無沙汰していた。
それでぐつぐつと胸の奥が疼いている。


11月に入ってすぐ中澤茶之助はメールを1通受信した。
携帯電話のメモリが忘れていた過去を引っ張り出す。
差出人はマコト先輩だった。
文面の雰囲気は当時と変わっていない。
世話になった先輩からの音信に中澤茶之助は意を決した。
もう来る事はないと思っていた地に、今、向かっている。


中澤茶之助を乗せたJR山手線はほぼ定刻通り渋谷駅に到着した。

ホームに滑り込むと緩やかにカーブしながら車両は停車する。
一瞬の間をおいて向かって左側のドアがいっせいに開いた。
乗客のほとんどが降りてそれより少し多くの乗客が車両を満たす。
中澤茶之助も流れにまかせてホームへと降り立った。
改札への階段を目指しながら携帯の電源を入れる。
優先席付近、連結部分が定位置の中澤茶之助は車内では常に電源を切った。
ホームの最前、新宿寄りの階段を下りて改札が見えると懐かしさが膨張した。

時刻は18:42。
変わらぬハチ公口の小さな “くの字改札” を抜けて中澤茶之助は始まったばかりの夜の渋谷に1歩踏み出した。出口付近で鈍感に集まっている連中をすり抜けて夜空の下に出る。駅前はこの日も異様なエネルギーに満ちていた。横断を待機する者と待ち合わせをする者が入り混じる。雑踏の隙間を縫いながら中澤茶之助はスクランブル交差点を目指した。
太陽が沈むとすっかり風がかわる。日だまりが消えて吹抜ける寒さが厳しい季節の到来を体感させた。こうしてまた1年を締めくくる時季が来ている。
見上げぬとも見慣れぬネオンが視界に入ってきた。テレビが増えている。あの頃から見慣れた広告との混在する新たな光景が否応もない時の流れを感傷させた。


最前列、道路まで1歩の場所まで抜けると仲澤茶之助は雑に羽織ったマフラーを丁寧に首に巻き直した。
その時、声を聞いた。

しゃ... ーじど... しゃ...

妙な音声が偶然のタイミングでイヤホンを越えてくる。
曲と曲の僅かなブランクをついてその声は鼓膜に触れた。

仲澤茶之助はイヤホンを外した。
買ったばかりの iriver SPINN を停止する。
凝(こ)った耳穴がヒヤりと空気に晒(さら)された。

ーじどーしゃ  けーじどーしゃ

軽自動車。。“声” をハッキリと聞き取った。
そして、ぱちんと信号が変わる。ギリギリで交差点に飛び込んだ最後の1台が早まる横断者を寸前でかわして。“時間” が切り替わった。車から人の時間になってようやく待ちわびた雑踏が動き出す。
仲澤茶之助は端に寄ってその青信号をやり過ごした。
広い交差点の周囲にぐるりと溜(た)まっていた “人の気(け)” が行き交う群衆同士に引っ張られ中央でざわざわと入り混じる。やがて一斉に点滅する信号。追い立てられる人々。スクランブル交差点は一瞬だけ静寂し再び “車の時間” に切り替わった。道路にエンジン音が轟くと例の声も聞こえだす。しばらく聞き耳を立てていると中澤茶之助は法則に気がついた。どうやら、、1番手前の車線を車が通過するのに合わせて「軽自動車」と呟(つぶや)いている、、 “何者かが”。。これもこれもと品定めするかの様に連呼されるわけだが実際は17台通過して軽自動車は4台だけだった。
仲澤茶之助が最後の「けーじどーしゃ」を聞いてタクシーが通過する。
(だから、ちがうっつーの、、)
なんだかなとツッコミながら仲澤茶之助は横断の体勢を整える。
その時、胸の携帯がケタタマしく着信を知らせた。
信号が変わる。
メールの送り主がマコト先輩である事だけを確認すると周囲とともに動き出した。
2歩3歩と歩き出してから軽自動車の “声” がしていた辺りをちらと振り返る。

ナマズがいた。

植え込みの陰にスチロールの容器が見える。
水が入っているのだろう、
ナマズは箱の縁にアゴをのせて顔だけ外に出していた。
ついぞそこから声が発せられていたのだろう、
顔の下半分を占める大きな口が魚らしくパクパクと開閉している。
その大きな口の脇とアゴには計4本の立派なヒゲがあった。
口のすぐ上にはオマケの様な小さな目玉が2つある。
さながら渋谷の主がこの街に出入りする人間どもをとろりとした視線で何とはなしに観察していた。

そのたいそうな口ヒゲでぴんと水面を弾いた時、仲澤茶之助となまずは目が合った。
2秒間の見つめ合い。
親しみを込めて仲澤茶之助が表情を緩めようとした瞬間、ナマズは大きく欠伸した。
むか、、
ナマズとの空間はすぐに後続の横断者に侵される。
仲澤茶之助は前を向いた。

スクランブル交差点では 5、6歩でその場の全員が交差し急激に視界は狭(せば)まった。
懐かしいこの感覚。
中澤茶之助はすばやく “街慣れてる” 者を見定めるとその背中にぴたりと身を寄せた。
歩幅にさえ気を配っていれば “彼” が対岸へと導いてくれる。
中澤茶之助は歩きながら悠々と先輩からのメールを確認した。

スクランブル交差点を渡り終えると人々の大半は地下を目指す。
センター街に向かったのは仲澤茶之助と1組のカップルだけだった。
“渋谷センター街” はもはや過去の場所である。
オリンピックタウンと呼ばれる巨大地下スペースが今の渋谷だった。
特にこの街では、すぐに塗り替えられる “過去” にすがる者は昔からいない。
先に入って行った若い男女も大荷物を振り回しながら、
すぐにきゃあきゃあと楽しそうに引き返して来た。

中澤茶之助は待ち合わせの場所へと躊躇なく独りセンター街へと踏み込んだ。
かつての繁華には申し訳程度に街灯が残っている。廃れの様を部分的に照らし出して空間は余計に闇が巣くっていた。通りに入ると風は止みじっとヌルい空気が沈滞している。1歩2歩と進んで行くと駅前の明るさの方が先に遠のいて後から人造の騒音が耳に届かなくなった。しんとした “無” が脳に伝わって仲澤茶之助の意識は研ぎすまされていく。仲澤茶之助は感じていた。通り過ぎるファーストフードやドラックストアの廃墟の陰で、黒い怪鳥の集団がじっと夜明けを待機している。“センター街” の目下の最大勢力は高校生でも外国人でもなく巨大化したカラスである事はニュースで知っていた。

ほどなく暗さに目が慣れてきて、中澤茶之助は変わり果てた “かつての庭” をぐるりと見回してみた。
耳をすまし目を細めてみてもそこに確かにあったはずの音も光も感じられなかった。分かっていたが、、あの頃 “すべて” だったものはすでにこの場所にはない。かろうじて分かった看板の残る ABC-MART の交差点にほぉと懐かしんでいると携帯が着信した。ケタタマしい電子音が鳴り響き、途端に辺りが殺気立つ。
“物音を出してはならない”
夜のセンター街にできた新ルールをうっかり破ってしまった瞬間だった。


周囲の廃墟ビルは開け放たれていた。ドアや窓のあったであろう壁に空いた闇の入口。その奥からギロリと動く無数の視線に中澤茶之助は身を震わせた。姿は見えない。それでも巨大カラスのものであろう無数の眼光が細い針となりちくちくと全身に刺さっていた。

仲澤茶之助は破廉恥に鳴り続ける携帯をそのままアスファルトに置いた。
そしてすぐに音源から離れる。
ばさばさと背中で音がする。
奇声に似た鳴き声が混ざる。
ぷつと着信音が鳴り止むと仲澤茶之助は奥歯を噛んだ。
次の瞬間、一気にトップスピードで足を回転させる。
慌(あわ)てる筋肉が壊れるギリギリの全速力でいくつも路地を抜ける。
そして、心拍が最高潮になる寸前、目に入った路駐の大型バイクに身を隠した。

とりあえず、、窮地を脱したのか。。

そう思った瞬間、ズズンと地面からの強い衝撃を受けた。
かつて体感した事のないスケールの大きな震動が身体の芯に響く。
目の前のビルのガラス窓がビリリと震えてすぐにグラグラと地面が揺れ始めた。

(地震っ!)

仲澤茶之助は身動きが取れなかった。
その場にへたり込む。
少し離れた所でものすごい音で何かが倒れた。

(でかい)

ビルの軋(きし)む窓を注視していると上空に影を見た。
カラス。
巨大な黒が2羽、急降下してきた。
見つかった、、と観念する。
頭を下げて目を閉じた。
再び尻に強い衝撃。
揺れ。
中澤茶之助はゆっくりと気絶した。

「ッカサワー、、ナッカサワー」

誰かが呼んでいる。
懐かしいその声が誰のものなのか記憶を辿りながら、
到達する前に中澤茶之助の意識は深く深く落ちていった。




頬に当たる強めの風が冷たかった。
いつの間にか上空にいる。
中澤茶之助は巨大カラスの背中にしがみついていた。

記憶を呼び戻そうとも上手くいかない。
温度の急変化に体温は奪われ頭は回らなかった。
地震というキーワードだけが頭をグルグルと回る中、
中澤茶之助はただじっと何かをこらえている。
しばらくすると遥か上空からゆっくりとカラスがもう1羽近づいてきた。
乗っているのはマコト先輩だった。

「ハイヨ」

自分の巨大カラスを上手くこちらに近づけると先輩はカーディガンを投げてよこした。

「コレモ」

放られたのは中澤茶之助の携帯電話だった。
マコト先輩を乗せた巨大カラスはそのまま降下して行く。

あの。。

声が上手く出せない。
ぎりぎりどうもと会釈した。
伏せた視線を戻した時、マコト先輩の左腕にはアイツ。
スクランブル交差点のあのナマズが小脇に抱かれていた。

あ、そいつ。。

ナマズを指差すと先輩は嬉しそうに何か言ったのだが、
すでに相当の距離が空いていたので内容は聞き取れなかった。
手を振っているマコト先輩の左腕でナマズのヤツは相変わらずである。
憮然とした無表情でとろんと仲澤茶之助を見上げていた。

先輩達の巨大カラスが豆粒となると中澤茶之助はカーディガンを羽織ってみた。
上半身に暖ができ凍った頭がようやくゆっくりと回り出す。

上昇するにつれ今夜の半月がやたら眩しくてしばらく目を閉じた。
視覚を放棄すると皮膚感が際立ってくる。
あらためてカラスの背中をそっと撫でた。
手の平にツルりとしている。
中澤茶之助はプラスチックをイメージした。
ジェット機だろうか。
2度、轟音が下を通り過ぎた。

まぶたを透かす月光が落ち着いて中澤茶之助はそろりと目を開く。
視界に地球が広がった。
眼下にはちょうど日本がある。
見慣れた列島がピカピカと光っていた。
目を凝らすとひときわ明るい東京の辺りで小さな丸が黒く抜けている。

「渋谷のへんかな」

風に負けじと中澤茶之助は大声を出した。
先輩に救われてから、ずっと高揚している。
光る東京の白の中にぽつりとついた小さな黒丸はまるで目だった。
ナマズの目。
オマケの様なあの小さな目が面倒臭そうにこっちを見上げていた。
「あんにゃろ。。」
テンションはますます上がってきている。
スクランブル交差点のアイツとマコト先輩の腕の中のアイツ。
思い出して、ふへと声がもれた。
それを合図としたかのようにカラスはすいと上昇の速度を上げた。
仲澤茶之助は視線を上げる。

それからはずっと黙っていた。

巨大な生物に身をゆだね、
いつまでもじっと上空を見ていた。

飽きる事なく無限の宇宙を魅上げていた。
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