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今日も地球がまわるからワタシはぐるぐる夢をみる、、 ふわふわ浮かんだ妄想を短編小説に込めました、、ユメミルアナタへ愛を込めて☆             
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「アレってどこだ」

女子の一人がパピコを口から外して言った。
話すと怒鳴るの中間くらいの口調である。しばらくの間、彼女の言葉はゆらゆらと宙を漂っていた。土手の傾斜に沿ってゆっくりとのぼってくる。ちょうどここまで届いてから、始まったばかりの夏の休みの夜の入口で、頭に「夏の」をくっつけた風の虫の子供たちのそれぞれの高ぶる騒々に雲散した。
こんな時は大人だけ蚊帳の外。。




(遡る事百分前)

吹奏楽部の「土手練」の引率にかり出されていた。
ハネムーン中の顧問の代打としての初仕事である。
授業以外で生徒に関わるのも赴任してからほぼ初であった。

そして土手などに来るのはずいぶん久しぶりである。
なんて気軽な開放感、だった。
うかうかと二十代を並んで駆け抜けたアノヒトを思い出したりもする。
アノヒトは川の傍に住んでいた。
仕事中。
分かっているのに容赦なくあれこれと思い出していた。
二人はなんて子供。
度々、黄昏れに土手に出かけては大袈裟に世を嘆いていた。



「先生って楽譜よめんの」

素早く姿勢を正しきりと教師に戻る。女子が一人、遅れてもう一人、斜面を上まで駆け登って来た。そろそろ、部員は皆じっとしていない。生徒に向かって実はと胸の前でバツをつくってみた。「じゃなんでー」と連れの女子と顔を見合わせる二人。何か続けねばと、ははなんて笑顔をつくって次の言葉を探したがそんな雰囲気に引っかかる事もなく、すぐさま二人はケラケラと笑いながら危なっかしくも器用に斜面下って行った。
屈託のない。少し幼くて悪意のないこの学校の生徒の典型だった。


大河を守る遥かなる堤防の端っこに総勢十九人。
芝生の斜面で待っていた。



(遡る事百時間前)

終業式の日。
夏休みの練習の打ち合わせにと部長と副部長が職員室をノックした。我が校吹奏楽部恒例の土手練の説明を受けてから、自分がペーパードライバーである事を告白していると、斜め向かいのデスクから手が上がる。「では、私が」と体育教師が白い歯を見せた。




さわやかに力強く名乗り出た頼もしいアイツが運転しているはずのバンは今どこに。
かれこれ五十五分、楽器が届くのを今や遅しと待っているのだった。


涼を含んだ風が程良く吹いては訪れる夏の夜を感じさせた。待ってましたと蝉から色々の虫へと鳴音が徐々にスイッチする。厚い雲で覆われていた一日であったが、この時間、昼の終わりと夜の開始する東西で細く空が抜けていた。すぐ頭上では相変わらずの雲が厚薄をつくりながらはやい速度で流れゆく。

膝を崩した。
まだ薄く夕の残る西の空のグラデーションがこの上なく美しい。
その手前では都県を繋ぐ大橋の上を大小の車が懸命に走っていた。
テールランプだかブレーキランプだかの赤い点がボヤけながら細く連なっている。
時折、列をすり抜けてゆく光はバイクのだろうか、バイク乗りだったアノヒトを再びちらと思い出してみて、一応、部活動監督中という立場をわきまえてから、やはり、湧いてくるキラキラとした記憶に素直に遠慮なく思慕に浸っていた。



「あ、ホラ あそこ」

再びパピコの女子。
トーンは怒鳴りの近くまで上がっていた。
伸びた鼻の下を速攻戻しながら指差された川向こうに目を細めてみると、夜を先に迎えている遠い東の方でビルだかマンションだかのてっぺんに小さな火の花がぽんと咲く。遅れてとんとんとやさしく爆発音が届く度に、パピコが「ハイきた、ハイきた」と得意げにはしゃいでいた。どこぞの祭りか遊園地のものだろうか間隔を空けながら花火が静かに打ち上がっている。



「買ってきたよー」

ひときわ屈託のない澄みきった声に振り向くと、
小柄と大柄の女子が二人して両手にコンビニ袋を下げていた。


オイオイ、君たち。。


明らかに花火メインの買出しである。




こっち側の河川敷では川下の方から花火大会の準備が着々と進んでいた。
開催はいよいよ今週末である。
会場設営がピークを迎え否応にも地元のテンションは上がっていた。
本部より大分離れたこの辺りまで看板やら柵やら提灯やらが設備されている。
作業用の車だろうか、ハザードを点けたままで数台がゆっくりとこちらに近づいて来ていた。


土手の底で水色の制服たちが翻っている。スカートからブラウスの裾を出して、女子はいよいよ本格的にはしゃいでいた。そこあそこで手拍子が起こり歌謡曲が合唱される。か弱さの微塵もない激しく砂利を走り回るローファーに、わりと乙女の悪戯な笑い声が重奏していた。手前ではじっとする不穏な小さな一団がじっと動かない。どうやら手持ち花火に火を点けようとしていた。間もなくノンアルでも宴はスタートする。



「先生、いいんすか」

少数派の男子の一人がここにきて初めて口を開いた。
後ろを振り向いた四人の顔を初めてちゃんと見る。そして彼らの区別がようやくついた。お前たちもっと頑張れよと言う代わりに唇を内側に隠して神妙な顔をつくってみる。それから無言でゆっくりと首を振った。何かを言いたそうな感じとも何かを諦められたような風ともとれる表情をくれてから男子達は黙と前を向いた。ほんのしばらく、はしゃぐ女子生徒に視線をやって、やがて携帯ゲームへと戻っていった。


高鳴るクラクションに目線を下げる。

作業車が通過しようとしていた。

蜘蛛の子がきゃぁきゃぁと散っている。



ひとたび楽器を持たせれば国内屈指のツワモノ共も夏にすっかり子供だった。



こんな時は「かつての子供」は出る幕などない。

ただ、じっと見させてもらっていた。

それで十分である。 




 クライマックスだろうか。
 
 遥か対岸に打ち上がる小さな花火のテンポが上がる。

 風の仕業なのか、円形が崩れたものもまた風情。

 よぎっては消えるかつての夏のアノヒトの事など、

 そんなぺらぺらとした遠い記憶にかぶさっては、

 とんとんと遅れて音がする。

 遅れて届くなにもかもがまた趣。
 



油断すると夏の虫がりーりーと耳を包囲した。

 


「先生ーほーらぁ」

眼下で振り回される手持ち花火が煙っている。



腰を上げた。

よっこら、と自然と口をついてしまい、

しょ、を最後に若々しく言ってみる。



いつの間にか男子も全員が土手を降りていた。

端の方でロケット花火が点火する。



そろそろと土手を降りながら、

週末、

またここに来てみようかな、と思ってみて、

そう言えば、、

今日、

果たして楽器はまだまだ届かない。




ぴゅんという安い笛の音に、

若々しく歓声をこぼした自分に気がついてやれやれと夏を笑った。
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