マンハッタンは島全体が依然として停電だった。夜になる。耳に入るニュースによれば復旧の見通しは立っていなかった。
まもなく紅葉ですから、、運転手は言った。月が変わりいよいよ今年も仕上げの感が濃くなる。時節の空気が窓ガラスを曇らせていた。鈴本理人はタクシーの中で日の出を待っている。拭った窓から水平線に目をやりながら隣りから続く言葉に注意を向けているとすやすやと寝息が聞こえてきた。後部座席の弟は15分前から熟睡している。双児の兄が運転席で眠りに落ちて車内は睡魔で満たされた。鈴本理人は助手席に座ったままひとつ伸びをする。ダッシュボードの上で写真の双児の運転手が若々しく笑顔をつくっていた。乗車前。「おれたち半人前づつだから交替でやってんのよ」白髪の角刈りを触りながら少年のような瞳で男達は声を合わせた。太陽が昇る。1万円札を2枚、兄の胸ポケットに入れた。音を最小限にしてドアを開けた。鋭利な空気がヒヤリと皮膚に触れて来る。海を目指した。
窓の外の翼が細く雲を引いている。翼は時折、ガタガタと震えている。変わらない窓の外の光景は不思議と見飽きなかった。
真っ青な空に白い月が出ている。夜とは違ってずいぶん遠慮がちである。お札の透かしの様な、下絵のような、染みのような、、鈴本理人は車のエンジンを止めるとハザードランプを消した。
迷子。
魔物。
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