忍者ブログ


今日も地球がまわるからワタシはぐるぐる夢をみる、、 ふわふわ浮かんだ妄想を短編小説に込めました、、ユメミルアナタへ愛を込めて☆             
247  248  249  250  251  252  253  254  255  256  257 
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。


まもなく、、

不意に運転手はそう言った。


11月に入り時節の空気が車内を薄く曇らせている。

鈴本理人はタクシーの中にいた。
海より昇る明日の太陽を助手席で待っている。

(...まもなく)

もぞもぞと後部座席が揺れる。
“弟の方” が寝返りをうった。
鈴本理人は寄りかけた頭のそばで曇った窓を指先でこする。
閉め切った窓の外で白い口が笑っていた。
半月まであと一歩の月が未だ残る夜空の低い位置に浮かんでいる。
見事なまでの奇跡のアールで偽物のようにそこにあった。

鈴本理人は埋めていた全身をシートから起こすとのり出してワイシャツの袖でぐしぐしとフロントガラスを拭ってみた。
夜に潜んでいた水平線が海と空をくっきりと分けている。
朝がそこまで来ていた。
まもなく、の言葉の続きを待っている。
期待して運転席に耳を傾けていたがやがてすうすうと寝息が聞こえてきた。
後部座席では20分前から “双児のタクシー運転手” の弟の方が熟睡していた。
ついに兄の方も眠りに落ちて車内は睡魔が充満し始める。

(まもなく、、どした)

鈴本理人は座ったままでひとつ伸びをした。
ダッシュボードの乗務員証では2人が悪ガキのような笑顔をつくっている。
タクシーを拾った時、兄弟は声を合わせた。

ほら、おれたち半人前づつだから交替で運転やってんのよ、、

白髪の角刈りを触りながら照れた様に言ったその表情を思い出した。
ほら、おれたち、、が兄弟の口癖。

鈴本理人は財布から1万円札を2枚出した。
細く畳む。
運転席で熟睡に入った兄の方の胸ポケットにそれをさした。
できるだけそっとドアを開けると冷気が車内に流れ込む。
滑る様に外に出ると静かにドアを閉めた。
鋭利な空気がヒヤリと皮膚に触れてくるも風は案外弱い。
鈴本理人は海を目指した。

砂浜への階段を1歩2歩下りると波の音が全てになった。
どんなに耳をすまそうともそれ以外何も聞こえない。
そこが求めていた世界だった。

不法に投棄された粗大ゴミが階段の下にかたまってある。
鈴本理人は傷ついたサーフボードに触れた。
サーフィンの経験はない。
ネクタイを取った。
上から3つボタンを外すとワイシャツをズボンから引っぱり出す。
サーフボードを脇に抱えるとジャケットを代わりに脱ぎ捨てた。
歩きながら革靴と靴下を脱ぎ捨てる。
薄着になって体温はどんどん奪われていた。
11月に入り時節の空気は冷たい。
ただ、吸い込まれるように世界に踏み込んで行く鈴本理人の身体の奥からはそれを上回る程の熱がじんじんと発生してきていた。

波打際でボードを地面に置く。
気持ちの高ぶりとバランスをとる様に全身を動かした。
それから足首までそっと海に浸かった。
あごを軽く引くと視界は海水だけになる。
広がる水を見据えると宣戦を布告して目を閉じた。
小さく胸で十字を切ってそのまま右手をそっと海に差し出す。
握手。
顔を上げると右の指先をぺろりと舐めた。

サーフボードを水に浮かべると強い力で持って行かれそうになった。
鈴本理人はしっかりとボードを携えてゆっくりと沖へと進む。
ベルトの手前まで海水に浸かるとボードに飛び乗った。
腹這いでしばらくバランスをとりながら浮いていると微かに波が語りかける。

カクゴハイイノカ

鈴本理人は顔にかかる波も気にせず前を向いている。
よしと両腕で漕ぎ出した瞬間に鈴本理人は入水した。

強い力に引っ張られながら頭は冷静だった。
波からはもう何も語りかけてこない。
こちらから言うべき言葉も見当たらない。


両脇を兄弟に抱えられた。
タクシーの双児が何か言っている。
ほら、おれたちさ、、と例の口調で言っている。
後が聞き取れない。

なんだよ。じゃまするなよ。

一気に浮上する。
海面から勢いよく頭を出すと深く呼吸した。
兄弟は鈴本理人をボードに乗せる。
何かを確かめるように頬に触れてから両脇からポンポンと鈴本理人の肩を叩いた。
兄弟はちゃぷと小さな飛沫を上げると海中へと戻っていった。

波に揺られるボードの上で仰向けのまま鈴本理人は完敗だった。
世界に
自然と流れる涙。
冷えきった身体は動こうとしなかった。
世界の最後を覚悟した時、ようやく完全に顔を出した太陽が力強く鈴本理人を照射した。
凍てついた身体はじわじわと温まる。
傷ついたサーフボードの上でカチコチの身体でようやくまぶたを動かすと涙がつうと血色の戻り始めた頬を伝った。
微かに残る西の夜に完璧なフォルムで白い月が笑っていた。
PR
Edit by : Tobio忍者ブログ│[PR]