「きくらげをちょうだいな」
どうやら飯をねだりに来た。
おれは鳴き声の方へと首を回す。
廊下へのドアが薄く開いていた。
物欲しげな雰囲気がそよそよと居間に入り込んでいる。
扉の向こうでこちらをうかがっているはずだった。
暗がりに佇んでそれらしくヒゲを洗ったりしているのだろう。
先週から黒猫が一匹、うちの洗濯機に住み着いていた。
こういう事は稀なのかよくある事なのかよく分からない。
ただ、現実として住み着いているのでおれは受け入れていた。
向き直りテレビの上を見上げると時計の針がぴたりと揃って上を向いている。
正午だった。
そういえば、少し腹が減っている気がする。
マグカップに手を伸ばした。
底に一センチ残っているコーヒーをすする。
飽きてきていたDVDを停止して凝り固まった身体を立ち上げた。
振り返り冷蔵庫へと一歩踏み出すと緊張がハシる。
小さな存在の張りつめた意識が廊下から居間まで伝わった。
次起こる事は予測できている。
廊下へのドアに最も近づいた瞬間、
バタバタと小さな足音が玄関へと遠ざかって行った。
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