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今日も地球がまわるからワタシはぐるぐる夢をみる、、 ふわふわ浮かんだ妄想を短編小説に込めました、、ユメミルアナタへ愛を込めて☆             
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「キクラゲはまだあるか」

どうやら飯をねだりに来た。
おれは鳴き声の方へと首だけを向ける。
廊下へのドアがいつの間にか薄く開いていた。
物欲しげな獣物の気が香の煙のようにそよそよとリビングに入り込んでいる。
扉の向こうからこっちをじっとうかがっているはずだった。
あるいは、暗がりにたたずみながらそれらしくヒゲを洗ったりしているはずである。


先週からうちの洗濯機に黒猫が住み着いた。


おれはきつとドアの隙間の闇を睨みつけた。
こういう事はよくあるのか稀なのかおれにはよく分からない。
まだ他の誰にも言ってないしとりあえず言うつもりもなかった。
うろうろはするが勝手に食料庫を漁るでもないし糞尿をまき散らすわけでもない。
今日までとりあえずは無害なのでおれはそのまま住まわせてやっていた。
けっしてびびっているわけではない。

あいつはどこから来たのかどうやって部屋に入れたのかそもそもなんでこのおれの家なのか、そしてなぜ洗濯機なのか、おれにはよく分からなかった。猫なんて腹が空けばきくらげをねだる、ただそれだけのものである。

向き直りテレビの上を見上げると時計の針がぴたりと揃って上を向いていた。昼である。そういえば、おれも少し腹が減っている気がしてきた。目の前のカップに手を伸ばす。底に一センチだけ残っているミルクセーキをすすった。空っぽの胃袋が刺激される。確かな空腹が急激に頭を支配し始めた。
そう言えば、、おれは冷蔵庫にプリンがあるという情報を得ている。

すでに飽きていたDVDを停止した。
おれはそんな事もできる。
テーブルに手をつくと凝り固まった身体をぐにゃりと立ち上げた。
振り返り冷蔵庫へと一歩踏み出すと部屋に緊張がハシる。
僅かなドアの隙間を抜けて廊下から張りつめた意識がリビングになだれ込んだ。
次起こる事は予測できている。
案の定、おれが廊下へのドアに最も近づいた瞬間、バタバタと獣物の足音が洗面所の方へと遠ざかって行った。




「オレがここに居られるのにはワケがある」
玄関のドアが慌ただしく閉まり外からロックが掛かる。オンナが出ていった。洗濯機のフタをゆっくりと持ち上げてオレは行動を開始する。「その家のボスを見極めよ」それがオレの学んだ生きて行く秘訣だった。この家の中心はオンナである。オトコはほとんど家にいなかった。朝早くに出ていってしまうと夜遅くにしか帰って来ない。楽勝だった。そしてオトコは家にいる時は常に寝ぼけている。この家ではオンナの動きさえ把握し、あとはアイツさえコントロールできればしばらくはここに居続けられるはずだった。




窓のないうちの廊下は暗い。
玄関の覗き穴が真直ぐに続く廊下の先に星のように小さく光っていた。
おれは暗がりを進む。
みぎだかひだりだかの手で横の壁に触れながらかなり上手に歩いて行った。
どっちの手が右か左かなんておれにはよく分からない。
そんな細かい事は生きて行く上で必要なかった。
必要ないと言えばおフロだって必要ない。
おれは風呂が大嫌いだ、だから本当は洗面所にも行きたくなかった。
でも、あいつが洗濯機に住んでいるから仕方なく行く。
あいつに飯なんて食わせなくてもいいのだが、
必要とされるのは心地悪くない、
おれは結構世話好きなのかもしれなかった。

暗さにようやく目が慣れてくる。
おれはちょうど洗面所への前に着いていた。
おれはこれの開け方をよく知っている。
通気のルーバーに指をかけるとおもむろに体重をかけていった。
洗面所の引き戸がずず、ずず、ずずと鈍い音をさせながら力無く開いてゆく。
湿気のある冷えた風が溢れ出た。
暗い廊下の乾いた空気に混ざっていく。


「オレはこれをタイルの寝息と呼んでいる、電気は点けるな」

正直、おれはぎくりとはした。
でも、尻餅はついていない。
鳴き声の方向に目を凝らすと洗濯機がしんと鎮座していた。
「ナツノボーナスイッカツバライ」
先週届いたばかりのうちの一番の新参者である。
中に例の黒猫が住んでいるはずだった。

猫は最初のひと鳴きから黙っている。
フタが閉まっている事を確認してからおれはそろそろと洗濯機の前に行った。
フタが開いていたら近づかないという事ではないし、
けっしてびびっているわけではない。

静かにフタが開いた。
きくらげの入ったタッパーを投げ入れる。
やがてむさむさと獣物の食音が聞こえ出した。
おれはぴかぴかの洗濯機に触れてみる。
鉄のボディがヒヤリと指先に吸い付いた。
手の平全部をくっつける。
するとかすかな震動が伝わった。
どうやら猫がぐるぐると喉を鳴らしている。
おれは洗面所の冷たい床に座り込んだ。
なんだか安堵して、途端にゆるゆるとどこからともなく眠気が現れておれを包み始めた。
その時、猫がみゅぃと鳴く。
眠気が晴れた。




「キクラゲはまだあるか」

オレはもう一度言ってみた。
すぐにだーだーと声がする。
チビが慌てていた。
もうない事はわかっている、おれはチビをもてあそぶ。
オレはもう大方この家の食料事情は把握していた。
あとはチビをコントロールする。




なんできくらげなんだ、
すっきりと眠気が晴れたおれは猫に聞いてみた。

「極上の黒毛を保つにはこれが欠かせない」

猫が偉そうに鳴く。お前もどんどん食べろと付け加えやがった。余計なお世話である。おれは極上の黒毛を保つ必要はないし、こんな実体の定まらない気味の悪いヘンピな物を受入れられるほど鈍重じゃない。洗濯機のボディにしがみついて言ってやった。
猫のお陰で「きくらげ」を憶えたという事は言わない。代わりに耳をつけた。中が騒々しい。寝返りでも打っているのか、あるいはそれらしく空いたタッパーにでもじゃれているのかもしれない。
所詮、獣物である。

おれも中に入れてくれ、
おれは洗濯機に口を付けて叫んでみた。
猫はなごなごとバカにしたように鳴くだけである。
なんだか悔しくてばしばしと外から叩いてやった。
おれは、出て来いとは言わない。
出て来られたら困るわけではないが言わなかった。
けっしてびびってるわけではない。

ふあと欠伸がこみあげると、
そう言えばとおれはなんだか疲れをしんみり感じていた。




そろそろオンナが戻る時間である。
オレは洗濯機のフタを上げた。
チビがここで寝てしまう前に居間に帰さなくてはならない。
チビはいつでもどこでもすぐに寝た。
バカな生き物、寝てばかりの小さい人間。

オレはキクラゲの入っていたタッパーをまず外に放り投げた。チビがドタドタと拾いに行く音がする。オレは洗濯機のフチに飛び乗った。操作パネルの微妙な凹凸が繊細なオレの肉球に心地良い。チビはタッパーを手にしたまま文字通り目を丸くさせ半開きの口からヨダレがたれていた。おそらく失禁している。
時間がなかった。
オレは洗濯機から飛び降りて今にも床にへたりこみそうなチビの股ぐらに滑り込む。背中に小さい人間を乗せると洗面所を飛び出した。結構な重さに走りがぶれる。引戸でチビが頭をぶつけた。チビはわんわん泣いている。オレは構わず居間へと駆けていった。



オレは光が嫌いである。
ドアをすり抜けると居間は光に満ちていた。
この世に極上のオレの黒毛を反射できる光はない。

飽きたのかプリンが半分で放り出されていた。
オレはプリンなんて興味がない。
泣きが本格化しているチビにオレはそいつを食べさせてやった。
スプーンを近づける。
するとチビは泣きを緩めた。
半泣きのままぺろりと全部平らげると満足そうである。
偉そうにしやがって、オレは目玉をくりぬいてやりたくなった。

もうオンナが戻る、時間がない。

オレが寝ろと言うとチビはだーだーとヒゲを触ろうとしてきた。
満腹の次は眠気である。
鼻先に噛みついて顔中引っ掻いてやろうかと思いながらも、
オレは口の周りにだらしなくこびりついたプリンと涙と鼻水を丁寧に舐めてやった。
やがてチビがくんくんと船を漕ぐ。
ほどなくすうすうと寝息が聞こえ、ちびは完全に脱力した。

「なんて単純な生き物だ」

チビに布をかけてやりオレは居間を見回してみる。
相変わらず嫌な光が満ち満ちていた。
ベランダには上手そうな草が見える。

「悪くない家だ」

オレはもうしばらくここにいてやる事にして、洗濯機へと帰った。


間もなくオンナが戻る。


オレはしなやかにすり抜けてからそっとドアを閉めた。


洗面所に入り洗いたての布を一枚拝借する。

洗濯機の中に入った。

丁寧にヒゲを洗う。

ふあと欠伸がこみあげた。

吸い込んだタイルの寝息が旨い。

オレは布切れにくるまって丸くなった。



眠りの淵で玄関の鍵が開く音を聞く。




ほらな。


「オレはなにもかもすっかり把握している」

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