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今日も地球がまわるからワタシはぐるぐる夢をみる、、 ふわふわ浮かんだ妄想を短編小説に込めました、、ユメミルアナタへ愛を込めて☆             
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円を描くように飛ぶ蝶を見てサキコはいいアイデアを思いついた。


その事を急いで野山美江子に連絡すると、


「そんなのもう誰かが考えついてるわよ」


とあっさり言われた。

電話口でしょんぼりするサキコに野山美江子は続けた「 “ハッチ” するか」。

サキコはオッケーし電話を切った。


ヒラめいたピザカッターの事を丁寧にメモに残し、

替えの下着だけ持って裸足のままスニーカーを履いた。


自転車で馴染みの銭湯を目指す。


大型連休に入り外はなんとなく浮き足立っていた。

それは悪くない雰囲気。


初夏を思わせる暑さも16時をまわり心地よい風が出始め落ち着いていた。



銭湯に着くとサキコはガラガラの駐輪場のいつもの場所に自転車をとめた。

しっかりと二重にロックをかけて暖簾をくぐる。

いつもの番号の下駄箱にスニーカーをつっこんで “板カギ” を抜いた。

番台で料金を払う。

浴場に2人、脱衣場にはまだ誰もいなかった。

サキコが浴場への扉を開ける頃、野山美江子がちょうど現れた。

サキコの到着から約10分後。

よっ、と2人はいつも通りの軽い挨拶を交わすと、

サキコは浴場へ野山美江子は脱衣場へと踏み入った。



公衆浴場 “蜂の湯”。

そこは2人の好きな場所。



その銭湯は古い町並みにあってひときわ情緒的だった。

それぞれのマンションの間に位置するその場所だが、

サキコの部屋の方が自転車にして5分 “近め” だった。


風呂付きの部屋に住んでいたが 2人はたまに “ハッチ” する。

どちらかが滅入った時 (サキコの場合が多い)、

それから、暇な連休の1日目などにどちらともなく提案しては、

2人は “蜂の湯” でおち会った。


野山美江子の方が早風呂だった。

ろくに体も洗わぬまま豪快に湯船に飛び込むと、

アゴまでつかりじっとりと汗を出す。

真っ赤になった全身を水のシャワーで一気に冷まし、

短い髪を洗ってしまうとさっさと浴場を後にする。

サキコとは逆であった。


銭湯で2人はほとんど話さなかった。

いつも先に出る野山美江子は大抵、新聞を読んでいて、

ごくたまに電動のマッサージチェアに座り「ぅぐぁぐぁ」と喘いでいた。

そして、必ずコーヒー牛乳の瓶が傍にあった。

この日は新聞。

サキコが脱衣場へ出ると「お、でたか」とちらりと視線を合わせ、

思い出したかのように “水かき” の手を伸ばし、

コーヒー牛乳の瓶に口をつけた。




野山美江子には “水かき” があった。

野山美江子は両手足の指の間に薄い皮膚の膜を持つ。




彼女を知ったのは小学校5年の時、

彼女が私のクラスに転校して来た時だった。

仲良くなったのは中学1年の時で、それ以来の仲である。


当時、私達は一部の男子の “からかい” の的だった。

私は大人しいネクラ。

彼女は東京からの転校生。

小5の時、私達は同じ男子を好きになって、

ヴァレンタインに別々にチョコをあげ、そして同時にフラれた。

私達はクラスのみんなの前でチョコを突き返された。


「おまえら、きもちわりーんだよ」


私はその場でめそめそ泣き、

彼女はその男子の頬を張った。

水かきの右手を力一杯振り上げた。

私が初めて彼女の水かきを見たのはその時だった。


次の春、

私達は中学を受験し、

たまたま同じ学校に通うこととなり、

たまたま同じクラスになり、

そして仲良くなった。




サキコがゆっくりと着替えをすませる頃、

野山美江子は最後の一口を飲み干して瓶を置いた。

新聞を畳み、ふぁぁとひと伸び。

サキコに目配せすると先に番台を通り過ぎた。




「。。そういう事か」


野山美江子は “歩き” だった。

パターンからして “話したい事がある” サインだった。


「じゃアンタ、前」


サキコは自転車のカギを野山美江子に投げた。

シャンと勢いよくロックが解除されると、

サキコを乗せた自転車が “蜂の湯” を遠ざかる。


「どーする。。ラーメン ?。。きょうは熊 ?」


「 熊 」


2人乗りのサキコの自転車は駅を目指す。

駅への商店街に差し掛かり信号待ちでサキコは話しかけた。


「ナニがあった ?」


野山美江子はちらとサキコを振り返り、すぐに遠くに目をやった。


「。。アイツ ?」


サキコが肘で脇腹をつっつくと、

水かきの右手でおでこをはたかれた。

野山美江子はお酒が入らないと何も話さない。

サキコは知ってて聞くのだった。


サキコは自分の右手を夕焼けの西の空に掲げてみた。

指の間に水かきはない。

薄らと毛細血管を透かすピンクの美しい膜が愛しかった。

野山美江子の水かきが、サキコは好きだった。


信号が変わる寸前、自転車は動き出す。

サキコは少し後ろにバランスを崩し、

あわてて野山美江子の背中にしがみついた。


「こぉら」


ぐらぐらと揺れながらサキコの自転車は加速した。

シンプルな石けんの香りがサキコの鼻の奥へと届く。

ビュンビュン飛ばして、2人は混雑を始めた商店街を疾走する。

出口はもうすぐだ。

名前負けしてる小さな小さな居酒屋 “熊大将” はそこにある。



2人の好きな場所。



18時を迎える商店街はいつもより少し浮き足立っていて、

そのひととき、その空間。

そこにいる誰にとってもそれは悪くない雰囲気だった。
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