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今日も地球がまわるからワタシはぐるぐる夢をみる、、 ふわふわ浮かんだ妄想を短編小説に込めました、、ユメミルアナタへ愛を込めて☆             
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買物をすませた中野富鞠子はこの時季のこの時間は神社にいる。


境内へと続く石段の最上段に腰を下ろして空を見上げていた。



仕事を終えると駅前のスーパーで軽く買い出しをして神社に向かう。

急ぐ事も時間を無駄使いする事もなくココに来れるのは、

“この時季” と8月の僅かな期間だけだった。

その事を中野富鞠子は発見し、以来必ず “ココ” に通う。


スーパーからアパートへの道を1本それる。

程なく神社下に到着し石段に足をかけると、

スイッチが切れた様に役目を終えて色を変えて、

太陽は目指す神社の裏に落ち始めた。

少しの息切れとともに石段を登り切った頃、

迫る夜を知らせる様に風が中野富鞠子の髪を乱した。



昼と夜のつくるグラデーションが “ココ” にはあった。

脚を投げ出した中野富鞠子と見渡すパノラマを遮るものは何もない。

今日迄の疲労を中和するためか明日からの活力を注入するためかその両方か、

あるいは “どちらでもない” か、、とにかく中野富鞠子は儀式をする。

この時季のこの時間に必ずココで、、でっかい “なにか” と融合した。



中野富鞠子は買物袋からミルクティを出してキャップを外した。

街の灯の増殖を見下ろしてあんドーナツをかじる。

いつもはたまごパンだったのに、今日はふらり浮気した。


ちまちまとあんドーナツを3分の2食べて、

ちょびちょびとミルクティを3分の1飲み終えた頃、

隣りに座敷童が座っていた。


大人3人分位の距離を空けて、

右手に小さなカメをぶら下げて、

文字通りちょこんと座っていた。



 (座敷とは名ばかり。。屋外でも出るのか)


中野富鞠子は座敷童の澄んだ目を見据えながら、

あんドーナツを袋に戻しミルクティのキャップを閉めた。


「いがいときょうぼうなの」


と言って座敷童は手に持っているカメを差し出してきた。


 (女の童。。いや待て。。声変わり前の男の子かも)


ふいの珍客に中野富鞠子は儀式を忘れて隣りをじっと観察した。

ロンティーの上に袖のないダウン、ストレートのジーンズは裾を長めに折返し、水色の裏地に星があしらわれていた。ハイカットのピンクのスニーカーがかわいかった。一丁前に首からは携帯電話をぶら下げている。。


 (今風だな。。格好からして。。やっぱ女子)


少女は更に右手を差し出した。

中野富鞠子の視線にカメが入る。

カメは丁寧に縛られていた。包帯の様な幅のある布が腹の下から前後の脚の間を通り甲羅の頂点で結わかれている。そこから2本の布が紐状に長く上に伸びていて少女はその先を持っていた。


「はいコレ」


「はい」


「はい」


少女はカメを推した。

そして、、子供特有のしつこさに中野富鞠子は負けた。

じゃ。。と言い右手をあげて3本の指で渡された紐の先をつまんだ。


カメは意外に軽かった。

あからさまに喜んだ少女にわざと “やれやれ顔” をして視線をカメに移す。

指から伸びる紐の先でせっせと遊泳する小さな生き物を見て、

昔テレビ番組で見たイルカの引越しを思い出した。


じっとカメを観察していると急に動きが荒々しくなった。

やっぱり苦しいのかなと思い目線をあげると、

少女が微妙な距離でシシャモを揺らしている。

中野富鞠子はその時初めて焼く前のシシャモを見た。


ちょっとと言うと少女はすんなり足元のバケツに魚を戻した。

ボールペン程の長さのシシャモは少女の小さな指から離れると、

しばらくぷかりと水面に浮いていたが、

すぐに何かを思い出したかの様に勢いよく泳ぎだした。


 (生きてたよ。。)


中野富鞠子が気を取り直してといった感じで小さく咳払いをすると少女が言った。


「なまえをきめて」


 (ニコラス。。かな)


ししゃもの生臭が消えた空間でカメはゆっくりと甲羅に閉じこもっていった。

目を閉じたしょんぼりとしたその顔を見ながら、

中野富鞠子は高校の時の “地学の先生” を思い出した。


「けーじ ?」


「ねぇ、けーじ ?」


「けーじでしょ」


。。。。。


 (。。ぁあ。。ニコラスでケイジか。。刑事かと思ったよ)


そのニコラスのつもりではなかったが、

中野富鞠子は少女に適当に相槌を打っといた。

それよりも関心はカメだ。

地学の先生ニコラスケイジを手の平に乗せてみた。

吊るされていた時よりもずしりと重い。

生きている物の特有の “重さ” だろうか、

中野富鞠子はぐるぐるとカメ全体を真剣に観察した。


カメに触れていると少女が身近になってくる。

不思議な意識の中で、

緊張が和らいだのか躊躇なく質問がどんどん湧き上がってきた。

中野富鞠子が少女にきく。


ねぇ、、アナタ、座敷童でしょ ?


少女は答えなかった。
かまわず質問を続けた。


アナタ達って部屋の中だけじゃないの ?


アナタ達って何の為に人間の前に出てくるの ?


アナタ達って。。


中野富鞠子の問いが少女の “なにか” に触れたのか。

質問に呼応するように少女の胸の携帯電話が光りだした。

甲高いちょっと昔の着信音が静寂の高台に響き渡った時、少女は呟いた。


「こうかんなのよ」


距離を一気に詰めて来た。

中野富鞠子がひゃぁと間抜けに後ずさる。

耳元でじゃあと言うと座敷童は石段をジャンプした。

右手で電話を操作しながら、

100段はあろう急勾配をぴょんぴょーんとふた跳びで降りてしまうと、

勢いのままに駆けだしてすぐに街の灯に溶けていった。



強い風が着信音の残響をすっかり消してしまうと、

ようやく中野富鞠子は我にかえった。



“地学のニコラス” がバケツのあった場所でうずくまっていた。

買物袋からミネラルウォーターを出して “ケイジ先生” に少し垂らす。

紐からしたたる水滴が顔を濡らすとぱくぱくと口を数回動かした。

中野富鞠子も一口貰うとキャップを閉めて袋に戻す。

スカートをはたき立ち上がった。


目の前に始まって間もない “夜” が広がっていた。

無数の星が明日の天気を約束している。


少し大袈裟にノビをしたついでに唸ってみた。

よし、と左手に買物袋を右手にニコラスをぶら下げた。

振り返り神社に一礼。

ししゃもを買って帰ろうと決めて、今日の “ココ” を退場した。


(こーかん。。最後、好感とか言ったよなあのコ ?)


右手の先で小さなカメが首を伸ばして小さく欠伸した。

買物袋の中では食べかけのあんドーナツがなくなっている。

中野富鞠子がその事に気づくのはもうしばらく先の未来だった。
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