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今日も地球がまわるからワタシはぐるぐる夢をみる、、 ふわふわ浮かんだ妄想を短編小説に込めました、、ユメミルアナタへ愛を込めて☆             
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「もうはじめんのか」

文庫は開いたままで声のする方を振り向いたが誰もいなかった。
更地がそこにあるだけである。
昨日からは一日分、
工事終了からは今日でちょうどひと月分ほったらかされた空間で、
砂利や小石大石がそこでじっとしていた。
陽当たりの良好な部分では早々に雑草がたくましく群を成しだしている。

腰を上げようと重心をずらすとパイプ椅子がみしと泣いた。
入社して半年が経ち、身も心も預金もすり減らしてきた反面で体重だけは順調に増加している。

やれやれ

二時間振りに立ち上がると心地良く軽い目眩がした。
凝り固まった尻を叩き、っお、とひとつ大きく伸びてみる。
奥底から温い欠伸が出た。

昼過ぎの駅前通りは今日も閑散としている。
何もかもがもう少し休憩中、そんな雰囲気だった。
なんだか気怠くも健やかな平和が秋の口で充満している。
平日の午後のはじまりのそんな時間の中にいた。

「現地案内」が見えるようプラカードを椅子の背に立てかける。声の主を探そうと身体ごと後ろを向くと秋らしい冷えた風が襟足を抜けた。つい先日迄、忙しさにらしい事を何もせぬまま夏が終わった事に強く憤っていたのだが、いざ始まったこの季節がだいぶ好きである。その事を改めて実感できると案外すんなりと「やるせなさ」は解消されていた。会社人間に向いているのかもしれないとよぎるのはやや寂しい。それでも、これから始まる静かな季節に向けてわくわくのような楽しい気持ちが徐々にではあるが心底よりふつふつと湧いていた。

空き地をざっと見渡してみる。
敷地の向こう側には中層のビルが接していた。建物の裏がどこか真新しく文字通り丸見えている。事務員だろうか、無難な制服の若者が外付きの非常階段で熱心に携帯電話に向かっていた。二階と一階の中間部分でこちら向きに手すりに寄りかかって、時々指を休めては紙パックのストローに口をつけている。

さて

お仕事お仕事と道路に向き返ろうとした時、すかさずむにゃむにゃむにゃと声を聞いた。
今度は一直線に空き地の隅、残土の小さな山に視線を投げる。



何かがいた。
ネズミだかモグラだか、ネコかもしれない。
ソイツはクマにしてはやや小さ過ぎた。
目と目が合ってお互いにじっと硬直している。
感覚で五分が過ぎた時、不意にとうふ屋が背後を通過した。
例のラッパが例の軽い調子で我らの空間に鳴り響く。
笑いがこみ上げて、爆発の寸前にそいつは再びむにゃむにゃむにゃと鳴いた。


何?

思わず問うてみると、大きな声にソイツはびくりと身を震わせる。急いで、怖くないからと営業スマイルをつくった。なだめるように手の平を向けて、大丈夫大丈夫とゆっくりと頷いてみせて、ようやく大きく見開かれていた目から力が抜けてゆく。一拍置いてから、ねずみだかもぐらだかあるいはネコなのか、クマではないはずのソイツは元の無表情に戻ってからしっかりとした言葉をこちらに返してきた。

「あんたぎょうしゃじゃないのか」

業者?


「じゃ あんたはだれだ」

お前こそ誰だよ、というツッコミを喉元でとどめ慌てて飲み込む。危うくまた驚かせるところだった。相手はしょせん小動物の類い。されどこっちは一応仕事中だし、新人と言えどもプロの営業人として差別することなく丁寧きちんとマンションの建築計画について説明した。



「で、もうはじめんのか」

だからぁ、着工はまだ先
(何を聞いてたんだよ)


「あんたはずっとそこでなにしてんだ」

あのねぇ、





ソイツは顔を引っ込める。
最後に何やらむにゃむにゃ呟いて残土の向こう側に消えた。


あ ち ちょっと

ロープをまたぐ。
空き地に一歩踏み入るとぴしと空気が変わった。
「こちら」とは違う、じゃあどこ。


ん あれ

ひとつ呼吸を整えた。
行かない、という選択肢は浮かばない。半年履き続けようやく自分のものにした革靴を残土の山の方に向けた。誘引されている。ネズミだかモグラなアイツなのかもしれないし別の何かに引っ張られているのかもしれなかった。ざわざわと心が沸き立ちながらもずんずん進む。小石を蹴り雑草を避けながら乾いた土をずんずんずんずんと踏みしめて行った。暑くなどないはずなのにじわりと背中に汗をかき若干息が切れ始めている。上着を脱ごうか思案し却下した。とりあえずどんどん目的へと進んで行く。

奥のビルが陽を全面に浴びていた。
太陽が昇りから沈みへと移行してここから時間が速い。
いつの間にか階段にいた事務員の姿はなかった。



ドングリ?

大した距離でもないのにようやくと言った案配で到着するとアイツの姿はない。
代わりにボーリングの玉くらいはあるであろうばかでっかいドングリが落ちていた。
つま先をこつと当ててみると微動だにしない。
ずしとした感触が深く浸透してきた。
鉄や鉛といった風とは違う。
それはまるで、大木に触れた時のような温もりと強さをもったどこか生命っぽい重さだった。
やはりドングリなのである。



「まだまにあうんだろ」

振り向くと声の主は再びアイツだった。
ねずみだかもぐらだかあるいはネコなのか、でもクマではないアイツである。
いつの間にかさっき「むこう」から越えてきたロープの上にいた。
空き地の境界線の上で楽しそうに揺れている。


「そこにいれろ」

アイツは丸っこい身体に似合うずんぐりとした短い腕で空き地の中央を指差した。

示された場所はひときわ雑草の鬱蒼する場所である。

とりあえず確認をと残土の山を降りた。

ロープが揺れている。

アイツの姿はなかった。

風のせいなのかもしれない、ロープはずっと揺れている。

早く早くと急かすように、あるいは待望の悦の表れのように激しくロープは揺れていた。


膝下の雑草の繁みを足で慎重にかき分けて探ってゆく。

中心の近くに小さくも深そうな穴が開いていて、やるべき事を理解した。



大き過ぎるドングリはなんだかギャグである。

しばらく傍らでしゃがんでいた。

じっと佇んでいる姿がいとおしく、思わず撫でてしまう。

さて

使命感に火をつけた。

改めてドングリに触れる。

じゃ行きますよ、とドングリに断ってしっかりと指をかけたまま下半身を踏ん張った。

一ミリも上がらない。

ドングリはまるで地面の一部なのかと思えるほど重かった。

「持ち上げ」を諦めて「転がし」に作戦を変更する。

汗をかき始めた両の手の平を艶やかな堅い表面にしっかりと固定した。

ゆっくりと自慢の体重を預けてゆく。

最後に力の限りを大きな石にかけて踏ん張る右足に込めた。

ドングリはピクりともしない。


仕切り直そうと上着を脱いだ。

衣替えしたばかりのスーツを丁寧に畳む。

やれやれ

ふうと強く息をひとつ吐いて、地面に置いた。

汚れる覚悟を決める。

シャツを腕まくり再度ドングリに両手をそえるといい感触だった。


動きそう


息を止めいざ力を込めながら目を閉じて念を込める。

(動け動け)



ダメかと力を抜こうとしたその時、ドングリはごろりと向きを変えた。
それからはロックが外れたように素直に転がってゆく。まるで西瓜を相手にしているようであった。石を避けながら大小の起伏を迂回しながら空き地の中心を目指す。光沢の表面に細かい傷を付けながらドングリを雑草の場所へと無事に運んだ。

中心の穴に近づくとドングリが再び重量を帯び始めたので手を離す。
ドングリは自ら穴に収まった。
中には入って行かない。

これでいいのか

引っ掛かっているのか

穴がドングリによって蓋をされていた。 

なぜか息苦しい。

ドングリに近づいて地上に出ている上半分を押してみた。

入りそうにない。

詰まっているのでもなく、何かを待っているようだった。

息が苦しい。

足を乗せ体重をかけた。

何かの手応えを感じドングリを踏みつける。


窒息は間近であった。

これが最後か、と大きくジャンプして踵をドングリの天頂にこめる。

バランスを崩し尻餅をついた。

そのまま横たわり頬に地面を感じている。

目の端でドングリが割れていた。


小さなドングリ。


びっしりと入っていた小さなドングリが破片とともに穴へと落ちて行った。

開通したばかりの穴の奥からひゅうと新しい酸素が運ばれる。

混濁の意識の淵でゆっくりと肺が満たされてゆくのが分かり安堵した。


ぼやけていた視力が回復する。

身体はまだ動かなかった。

穴の傍らにアイツがいる。

焦点が合うとぎょっと一瞬だけ例の驚きの表情を見せた。

何か言いたそうな顔をしている。

顔に力を込めて笑顔をつくってやるとアイツもはじめて口元をゆるめるのだった。

むにゃむにゃむにゃと嬉しそうに鳴きながら近づいてくる。

手に何か握らされた。

おそらくドングリだろう。

「あれ」の中に入っていた小さいやつだろうか、

あるいは別のドングリかもしれない。



上着

忘れないようにしなきゃな、そう思った時、

ぴょんとアイツは穴へと還って行った。



すぐに睡魔に従って目を閉じる。

浅い眠りの中で、

見たこともない大木に囲まれながら、

降り注ぐ緑の酸素をこれでもかと大きく深呼吸した。
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Edit by : Tobio忍者ブログ│[PR]