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今日も地球がまわるからワタシはぐるぐる夢をみる、、 ふわふわ浮かんだ妄想を短編小説に込めました、、ユメミルアナタへ愛を込めて☆             
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「サイゴにおアいしたのはいつでしたっけ?」

独特のその声が耳に届いた時、
ちょうどまさに「真っ青な本」を手に取ったところだった。
すぐには反応しない。
目をくれるまでわざと間を空けて声の主をジラす事にした。

へぇーこれが今巷で話題のですかと二割増しの大袈裟を所作に含ませながらどれどれと手にした本を観察する。まずは背表紙やカバーの表面を丁寧に指でなぞってみた。案外手に馴染んでくる。この一冊に込めたであろう人々の「オモイ」に思いをはせた。無関係者の想像は絶する。そんな事はわかっていてもなんだかわくわくと心がざわめくのだった。くるくる
と見る角度を変えては眺め変えては眺め、まるで収穫物の出来を確かめるかのように目を光らせる。時々は、思い出したように「声の主」、突然声をかけてきた久しぶりの珍客の目を意識しながら表情やふるまいに微かな変化を表した。
本を少し持ち上げて「後付け」を開く。そろそろりと視線も上げながらひっくり返して表紙をもう一度眺めて、その視線の端にぼんやりと「声の出所」の辺りを入れてみた。
いるいる
心でほくそ笑む。
すぐに「それらしき」は確認できた。
そして、さぁいよいよ、と古びたドアに挑むように表紙のフチに指をかけた。


「そのホン、ヨむヒツヨウないですよ」

ん?

わざと一拍置いてやる。
「おーい」ここですよーとぴょんぴょんと発散されているオーラに思わず吹き出しそうになった。
気を取り直して指をかけた表紙を慎重にめくる。使われている紙の色、感触を丁寧に確かめてから見返しを送った。タイトルが行儀よく現れる。その下に小さめに著者名、さらに下にもっと小さく出版社名が記されていた。頁をめくると目次。文字の種類や大きさだけでなく位置や間隔、更に紙の質や色を指の先で確かめるようにゆっくりと順を追っていった。文字通りただ追っているだけで、全然観ていない、読んでいない。意識はすっかりと、視線の端でたたずんでいる「声の主」に向けられているのだった。


新刊の平積みの「島」をぐるりと素見しているとフラりと対岸に現れた本屋の妖しもの。
「ホンのムシ」からのベクトルもまた完全にこちら一点に向いていた。
両手は本を開いた状態でゆっくりと顔だけ上げる。まだまだ見ない、耳の下から首、肩の付け根をほぐすように小さく細かく動かしながらまずは遠くに目を向けた。視点を奥の棚にフォーカスする。なんだか面白いからカメラでズームをするようにジッジーィと心で擬音した。
人集り、とまではいかないが奥の棚の前は盛況である。入れ替わりながら、書棚の前で客は絶えなかった。ビーズ、ぬいぐるみ、セーター、マフラー、、なるほど「手芸」のコーナーで人々の足が一旦止まる。そんな季節、もう完全に秋なのだった。
忙しさに衣替えのタイミングを逸し続けている。ホントの秋は来月から、と移り変わる空気よりもスケジュールでと強引に決めてからまだ格好に夏を残したままだった。そんな風にズレるから、この広い世の中でふわりと独り、また浮かぶ。今月もあれよとせわしなく終わろうとしているのだった。


「イソガシさ?」

本の蟲が深層に一歩踏み込んでくる。
意識のふちの内側に触れられた。

「シアワセにかこつけて」

にんまりと一ミリ上げた頬を気づかれぬようにくっと戻す。ナニさ、を慌ててのみ込んで、もう少し、ふと湧いたこの非日常を楽しむべく駆け引きを続けるのだった。久しぶりである。「本屋の小さな神さん」との遭遇の中にいた。追いかければすっと距離をとり、捕もうとすればするりと消える。神さんなどというものは、どの方も好奇心が旺盛なくせにめっぽう臆病で、それでいてたいそう飽きっぽいのだった。このところ、私生活のささやかな充実が心と体をすこぶる良好にさせている。案外、そんなシンプルでストレートな精神構造がレア者を引き寄せるのかもしれなかった。

店内。
ゆっくりと視線を近くに戻していった。ジッジーィ。通路の奥から手前から棚の間の右から左から客がそそくさとファインダーの中で交差した。学生服やらスーツ姿が目立ち始めている。そろそろ夕方に差し掛かっているのだろうか、だとするとかれこれ半日この本屋にいる計算。やれやれ、どうりで本の蟲などにも興味を持たれようぞ、そんな事を考えた途端に、脳味噌がそう言えばと下半身の疲労感をじんわりと意識した。


こんな休日の過ごし方はどう?

問いかけて、
それではそろそろと神さんと目を合わせた。
不意打ちにギクりと一瞬目を見開いてから、
むにゃりむにゃりと何やら口ごもる。
そして本の蟲は再び忠告した。

「そのホン、ヨむヒツヨウないですよ」


なんで?

止まっていた手の中の真っ青な本を数頁進めながら、
子供の時と同じ調子でこっちはため言葉が自然と出る。


「イマ、シアワセなトキヨんだっててんでピンとキませんから」

そういうつくりですから、と付け加えて「なぜなら、、むにゃらむにゃら」と曖昧に本の具体的な内容に触れてから、最後に「けけっけけ」と神さんは懐かしい笑い声を上げる。


変わらないねぇ
こっちばかりずいぶんな大人になっているのに

そう言うと本の蟲はうぅと唸ってから平積みの本の島に飛び乗った。

周囲、一番外側の本の上を山が崩れんばかりにとんとんと走り回る。

笑顔がこぼれていた。

時折、ジャンプして黙々と立ち読む者の本をタッチする。

神さんに触れられた本はなんとなく山に戻って行った。

そして一様に、疲れ顔のままなんとはなしに真っ青な本の前に進む。

ぐるぐるぐるぐる

それから神さんは嬉しそうに平積みの島を回った。

何周も走り続けては幾度もジャンプする。

何人も何人もが導かれてはぼんやりと真っ青な本を手に取った。



入店の客が増え始め、

エントランスに程近いこの「島」でとりあえずと「真っ青な本」が次々と手に取られてゆく。

本の蟲はとうに去っていた。

最後にもう一度、手に残っている真っ青な本を眺めている。
目を閉じて包むように全体にそっと触れながら、
話題性の軽薄さのない珍しい本だなと改めて感心していた。
「いい本」である。
綺麗と素直に思っていた。


平積みの島で元あった場所に本を戻す。

取り抜かれ、真っ青な本の場所だけへこんでいた。

いつか

読む時が来るのかと思いを巡らせながら、

温もりがすっかり移った本から手を離す。

失敬失敬

新品をと手を伸ばすであろう次の本好きに前もって詫びた。

いい休日でしたとシンプルにそれだけを確心して混み始めた書店をあとにする。

分厚いガラスのドアを押さえてくれている屈強な老紳士に会釈をして入口を抜けた。


秋の冷たい風がむき出しの膝小僧を笑う。

まだ残る夕焼けの空と街のネオンが混灯する見飽きない空が視線の先にあった。

夜になる。

完全に暗くなるまでの残り僅かな時間で、家に着いてしまいたい気持ちが引っ込んでいた。

もう少しこの中を歩こうと衝動する。

立ち疲れてるはずの足腰は軽かった。

歩き出してすぐに軽薄なマイクの声に追い抜かれ、

広告用の大きな車が先の交差点の信号で停車している。

「映画化決定、真っ青な本、増刷絶賛発売中」

派手なラッピングに雑踏の誰もがぼんやりと釘付いていた。


信号が変わって走り去ってしまう前にたったと駆って追いつき追い抜いてしまう。
信号が変わって車列が走り出したって到底追いつけないくらいにダッシュした。


夜の準備で冷えた空気にふんふんと息を切らせながら、

来るなら来なさいとどんどん加速する。

体はすぐに温まっていた。


夏を残しといてよかったな



下品なアナウンスがようやく聞こえなくなった頃、

見上げると夕の空がやたらに近い。


すがすがしくどこまでも抜けるグラデーションを見ていたら、

なんだか「わぁー」と叫びたくなって、

足下のマンホールを大きく蹴って、

ぴょーんとどこまでもジャンプした。

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Edit by : Tobio忍者ブログ│[PR]