「どこにいるのかな」
女はガラス窓にへばりついたままつぶやいた。
その声はか細くて軽くて鈴鳴りのように僕の耳にかろうじて届く。
シャンシャンシャンシャン
束の間にその音は鉄の車輪と線路の継ぎ目の震動に包まれて消えた。
タタントトンタタントトン
それが自問だったのか質問だったのかを考えながら僕は黙っている。
女は変わらぬ姿勢でじっと窓の外を注視していた。
ビル群がすっかり遠ざかると車内に次の駅名がアナウンスされた。
列車はぐうと減速を開始する。
僕は前後斜めに開いた足のつま先にゆっくりと力を込めた。
普段、車窓からの横流れの風景では気づかなかったが、
最後尾の車掌席の窓の遠ざかる景色が勾配の多さを発見させた。
学生時代にかじったスノーボードを思い出している。
立っていて意識してみると走行中の電車は結構揺れた。
また発見。
全身で足下のバランスを取りながら両腕から手首の先に注意を向けていた。
できるだけバスケットを揺らさないように意識を集中する。
水を張った洗面器を持ちながら雪原を滑走している自分を想像していた。
いくつも橋をくぐってから電車はするするとホームへと滑り込む。
完全に停車した。
ドンという音とともに左側のドアが一斉に開かれる。
ステンレスの長い箱からばらばらと乗客が降りて行った。
続いてホームで待っていた人々が乗り込んで来る。
空間は止めていた息を吐き出す様に力が抜けていった。
車掌が替わる。
乗って来たのは見習いのような若い女性だった。
彼女はチラと我々に視線を向ける。
窓越しに何かを見定めた。
彼女と僕の視線が交差する。
その時、女の背中の小さな羽がかささと微動した。
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