堤防をぴたぴたと2つ叩く。
特有のキメの粗いザラザラだった。
そしてショウネンはサンダルを脱いでその分厚いコンクリートによじ登る。
身長の高さ、+172cm で “世界” が広がった。
辺りの無人を確かめてショウネンはこの夏初めて “世界” で独りになっていた。
空は水平線から夜明けを迎え始めている。
果てしない海はまだ眠る様に穏やかだった。
悠然とした “世界” が今日から明日へと静かに切り替わる。
ショウネンはしゃがみ両足を海側に投げ出した。
そのまま後ろに寝転んでみるとザラザラがTシャツ越しの背中に痛い。
そこでは視界の全てが空だった。
今夜の星と明朝の予感が同居する。
目を閉じた。
耳の中でセミと波を分離してからしばらく深く潮をかいだ。
広げた腕の先で手の平を空に向けると背中の踏ん張りが弱まった。
砂浜まで15m、宙に浮いた両足から血が引いてゆく。
(さぁ引きずり込め)
吠えてみても “世界” はショウネンのイキガリなどに構わない。
“世界” はその目を細めてニコりとショウネンを受け入れた。
あんなに望んだ “独りの世界” が耳打ちをする。
居たければいつまでも居ればいい
行きたければいつでも行けばいい
ふつふつとわき上がる恐怖から逃れるようにショウネンは目を開けた。
砂浜に落ちて鈍い音と消える。。
その前に無様に腹這いに向きを変えた。
慎重に引き上げた両足を歩道側に戻すとハハと “世界” に笑われた。
今夜の星がひとつまたひとつと明日からの光に浸食される。
そんな光景をショウネンは飽きずにずっと見ていた。
歩道に立って堤防に寄りかかりながらだらりとアゴをつけて観察した。
アゴが痛くなれば腕を組みアゴに敷く、腕が痛くなれば横を向き頬をザラザラに押し当てる。
自分とそのコンクリートの塊(かたまり)との境目がぼやける程にその身を委(ゆだ)ねていた。
急速に変わりゆく空とほとんど変わらぬ潮騒があるだけのその “世界” に溶けてみようとしていた。
4 : 55 ...。そろそろ日の出の時刻だった。
波の音に砂を踏む音が混ざる。
ショウネンは身を乗り出して砂浜を見下ろした。
サーファーが1人。
ボードを抱えてビーチに降りていた。
“世界” は侵されて “新しい世界” は真直ぐに波打際まで進んで行った。
オトコはその場でしばらく全身を動かす。
やがて、そっと足首まで水に浸(つ)かった。
下を向き何かを唱えると小さく胸で十字を切る。
そして、目を覚まし始めた海に丁寧に右手を浸(ひた)すと、
一連の儀式を仕上げる様にその指先をぺろと舐めた。
ショウネンはオトコをじっと見ていた。
他人(ひと)の “世界” を初めて魅(み)ている。
ゆっくりと沖へと進むオトコの向こうに明日の太陽が顔を出した。
今日が終わった。
延長線上でショウネンは眩しかった。
焼けそうな目を逸(そ)らしたかった。
でも、見失ってはならない “世界” がそこにある。
ショウネンはそう思った。
根拠などないままにそれを確信していた。
どんどん沖へと漕ぎ出すオトコ。
彼方(かなた)から離れまいと身を乗り出したショウネンにうまれたてのセカイが微笑んだ。
PR