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今日も地球がまわるからワタシはぐるぐる夢をみる、、 ふわふわ浮かんだ妄想を短編小説に込めました、、ユメミルアナタへ愛を込めて☆             
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屋根裏部屋の窓から猫を見ている。


時計に目をやった。
夕飯の買い出し時刻まではまだ少しある。
杉咲都子はひとときの休息を自室で微睡(まどろ)んでいた。


1,,,2,3,,,,,,,9匹。。また

1匹にばかり気をとられていると猫は知らぬうちに増えていた。
どこから聞きつけてか嗅ぎつけてか向こうから1匹こっちから1匹と音もなく現れている。屋根に上がり日だまりに入るとまずじっと丸くなって目を閉じた。熱をためているのだろうか。しばらくするとごろんと寝返ってみてはだらしなく腹を見せた。
はい出来上がりといった様な光景は妙に愛くるしくて眺めていて全然飽きなかった。


月が変わり10日が過ぎ、時季相応の寒い日が続いていたが、久々にざぁざぁとしっかりした雨に降られると翌の今日は一転して暖かだった。2008年も残り3週間である。

そして、、杉咲都子が転職してから2ヶ月が経過しようとしていた。

まとわりつく憂鬱の閉塞からとにかく抜け出したいと投げ槍に選んでみたのだが、家政婦という職が「意外と性に合っているかも」と思い始めている。本来の意味での “生活力” が身に付いていく実感が杉咲都子の失っていたささやかな自信になっていった。

杉咲都子の3軒目の仕事先、椎奈家は最寄りの駅から少し離れた高台にあった。
依頼人はその古屋敷に住む未亡人。広い家に独りとなった裕美子夫人は “住み込み” の家政婦を希望した。家庭持ちの多いこの業界では杉咲都子の様な20代の独身者は珍しい。そして、裕美子さんの住み込みへの強い勧誘は2度目の訪問から始まった。“運命だと思うのよ” などと裕美子さんは上品な口調で繰り返す。
杉咲都子はわりとすんなり決心した。
多忙で留守がちな裕美子さんとの距離感、彼女の人柄、仕事場となるお屋敷の雰囲気、“通い” ではやや遠い場所、、まさに裕美子さんの言う “運命” という言葉を否定する必要もなかった。 “引越” ほど心境を変化させられるセラピーを杉咲都子は知らない。
一旦決意してしまうとあとはとんとんと進む。
先月をもって会社を辞めるとてきぱきと長く住んだマンションを引き払った。
すっきりとしたものである。
それが3日前までの出来事だった。

椎奈家の新しい使用人にあてがわれたのは屋根裏部屋である。
もともとは裕美子さんの旦那であり洋画家の椎奈淳平太のアトリエだった。亡くなってからはそのまま自然と物置となっていたのだが、今回、この機会にと画商もまじえて3人で整理した。丸1日を費やして作品を運び出し、画材を片付け、絵の具を拭い、埃を掃き出して、最後に電灯を点けるとがらんとした木造のスペースが照らされる。屋根の頂点へと高くなる天井の独特の空間がそこにあった。「まぁ。わたしがこちらに越そうかしら」と見違えた屋根裏部屋に裕美子さんは上品に微笑んだ。
今日からの私の居場所。まだ何もないがらんとした空間に高揚した。これから1つ1つ自分のお気に入りを加えていける事にあれこれわくわくする。そしてすんなりと気分は一新していた。



午前の早い時間に昨日の分までがっつりと洗濯を済ませて布団もろとも青空に干した。
窓から少し豪快に身を乗り出して空を見上げる。
猫達がびくと杉咲都子を振り返った。
さらに5匹増えている。
総勢14匹で賑々しく陽のあたるネコダマリができていた。

抜けないかしら

杉咲都子は屋根の耐重の心配をしながらもこれ以上平和を乱すまいとそっぽを向いた。
冬らしい雲が静かに流れている。
微塵もない雨の気配を確認して洗濯物を取り込む前に買物に行こうと予定を変更した。




福引所は混んでいた。

どこもかしこも12月である。
ここでも、時節が平和を盛り上げていた。
それは悪くない興奮。
定番の音楽が耳に心地良い。
杉咲都子はどこか “蚊帳の外” を感じながらも、ささやかに雰囲気を楽しんだ。


数十人が3列に分かれてくじを引く順番を待っていた。
一様に補助券を片手にしている。
係の者に促されるまま杉咲都子は左の列の最後尾についた。

列は1歩2歩とゆっくりと前に進んでいった。
順番はまだまだである。
杉咲都子はレジで貰ったセールのチラシを開いた。
再び1歩2歩と進むと、突如、高らかな鐘の音。
前の方がざわついた。
どうやら杉咲都子の列でアタリが出たようである。
あらら、と顔を上げる。




カククンがいた。



硬直。


半年振りに見るカククンは右の列で福を引かせていた。

な。
なにやってんのよ。
胸が躍る。
かつてのユメのオトコ。
商店街の赤いハッピを着て大きな黒目で券を受け取っている。
あれから、
もう夢には出ないけど。
ずっと。

アイタカッタヨ

どんどん進んでしまう列。
途中から右の方を見れなくなって、よくわからぬままくじを引いた。
余りの補助券を渡されていつの間にか逆の手にはお醤油が2本、ずしりと重い。
時刻が夕方の入口に差し掛かり福引所は一層混雑を始めていた。
遠目にもう一度と視線が人混みをかき分ける。
カククン。


輝きは、、そのままだった。



高台への坂道を自転車で上っていると暑くなって途中でマフラーを外した。
あらわになった首元に冷えた空気が入り込む。
寒さが心地よかった。
わーわー叫びたくなる衝動を抑えながらちょっと大胆に豪快に立ち漕ぎ。
カゴの底に倒して並べたお醤油がゴトゴト揺れた。

半年振りにカククンを見た。。
なにやってんだよカククン。。
そこで君はなにやってんのよカククン。。

すれ違う犬を連れたおじさんが不審に微笑んだ。
多分、今、私、変な顔してる、笑顔ガマン顔。
湧いてくる力がペダルに込められて杉咲都子のママチャリはぐんぐん加速した。

憶えているかもしれないし、、
憶えてないかもしれない、、
憶えているかもしれない、、カククン


今夜は鍋だった。
裕美子さんのリクエストで湯豆腐。
ありったけの種類のおトウフが醤油に重ねた買物籠の中で揺れる。
ふるふると揺れる。

遠くで最後の信号が点滅を始めた。
ペダルの足を止める。
惰性がゆっくりと減速をし短い横断歩道の前で自転車は停止した。

うっすらとかいた汗が心地よく冷え始めていた。
ポケットに手を入れると雑に畳まれた福引補助券が指に触れる。
開くと有効期限が12月25日と記されていた。

ふぅ〜ん

杉咲都子にとって何年も縁のなかった祭事が迫る。
クリスマスまで2週間。
シャンシャンとした B.G.M. が耳にくすぐったく残っていた。

そんな予感。
どんな予感。


信号が変わる。
動き出す、その寸前、妖精が耳許で囁いた。




やってみる

杉咲都子がしかっりとそう応えるとやさしい羽音が空へと消えた。
見上げると清潔な冬の空気に澄んだ空がどこまでも青い。


ゆっくりと私のママチャリが始動する。
その時、ファンとクラクションがひとつ。
裕美子さんの真っ赤なアウディが上品に追い抜いて行った。

裕美子さんの真似をしていつもより上品に右手を上げてみると冬の風が冷やかした。
くすくすくすくすと笑う。
それから、やさしく、ぴっと頬に口づけた。
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Edit by : Tobio忍者ブログ│[PR]