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今日も地球がまわるからワタシはぐるぐる夢をみる、、 ふわふわ浮かんだ妄想を短編小説に込めました、、ユメミルアナタへ愛を込めて☆             
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鼻からすうと息が抜けた。


程なく。

寝息が緩やかなリズムにのっている。
眠りに落ちた。
ようやく、表情から他者への意識が消える。
それは安らかとも違う “ありのまま” 。。
あまりに無防備にすやすやと呼吸するイキモノ。
ニンマりと腕の中を観察しているとますます私の頭は冴えていった。

今は何時だろう。。
12時を過ぎたなら日付とともに月も変わっている。
そして2008年も四分の三が終わった事になる。

眠気の失せた私は分厚いベットから抜け出した。
苦難なこの世界に再び呼び覚まさぬように秒速10センチでそろそろと動き出す。
伸ばした足に床が触れるとようやく私は安堵した。
ここからは絨毯の長い毛足が私の気配を深く吸収してくれる。
歩く度に裸足のつま先が微(かす)かに衣擦(きぬず)れの様な音をたてた。

私はベットの足もとの方へとゆらゆらと移動した。
薄明かりを背負う暗がりでバックを探る。
文庫本と 500ml のペットボトルを引っ張り出した。
テーブルの上では LED の静かな点滅がメールの着信を知らせている。
間もなく読み終える芥川龍之介と飲みかけの茉莉花茶、
そして携帯電話を手に取ると背後でくかぁとより大きな寝息がした。
私は一応ベットを振り返る。
布団の白い山がもぞもぞと寝返っていた。
それを見ていると、私の頬がシーツの冷たさを思い出した。


そして、、北欧を思い出すのだった。
それは私が初めて外国に触れた旅。
長いフライトの末に飛行機から一歩降りると冷んやりと北欧に包まれた。
その時の感覚が何年経ってもホテルに泊まる度に甦る。
まっさらなシーツに身を滑り込ませた時いつだってあの時の皮膚の記憶が交錯した。
ベットメイクされたぴしと張った白布に頬を押し付ける。
私の心地は何度でも一瞬で海を越えた。


ベットの上の寝息は再び規則正しく繰り返された。
ゆっくりともう一段深い世界へと落ちている。
私は左手に持ち替えたペットボトルのジャスミンティーで乾燥した唇を湿らせるとしっかりと蓋(ふた)をした。

バスルームに入る前にベットサイドの灯りをギリギリまで落とすと部屋の空気があちこちでじっと固まり始めた。
まるで深夜にしんしんと降り始める雪のように明日の朝には闇の粒が部屋中に積もっているのだろう。
朝の陽を欲して私がカーテンを開けてしまう迄は、、
クィーンサイズの中心で小さく脈を打つ私のコブも安らかに静寂に包まれていられるのか。
私はバスルームへのドアをできるだけ静かに開けた。



まず予備のバスタオルを広げて床に敷いた。
そして化粧用のスツールを近づけて背中で寄りかかる。
床に座り込むと目線が低くなりバスルームの広さが際立った。
全面から伝わる石のタイルの硬さと冷たさが深夜の緩んだ身体に心地よい。
点滅する LED が急かしていた。

体勢の整った私はペットボトルと文庫本を脇に置いて携帯電話を開いた。
かちゃという音が空間に小さく反響する。
メールは3通、母ミリコからとソフトバンクから今月の請求案内そしてカタオカサチコからだった。
アノヒトからは当然ない。
母からの長いメールをざっと読んで短く返信をつくった。
マンションの駐輪場に関する愚痴を俳句にして追伸に加えて下書き保存する。
親友の為には少し考えて “ココ” の写真を送りつけてやる事にした。
ゴージャスな蛇口を中心にお洒落なアメニティを並べ直す。
今日一番の真剣さで最高のアングルを探していると思いついてちょろちょろと水を流してみた。
最後に左手でピースをつくりフレームの隅に添える。
2人とも “しょっちゅう” と “たまに” の間の頻度でメールをよこした。
内容はいつだって自分の事ばかり。
もちろん私の返信も負けじと一方的で身勝手なものであった。
私にとっては悪くない無礼なやりとりだった。

バスタオルに座り直し携帯を置く。
代わりに本を取ると私はしおりに指をかけ物語の続きを手繰(たぐ)った。


。。

気がつくと私はスツールに座り洗面台に突っ伏していた。

顔を上げると湯気だろうかバスルームは少し靄(もや)がかかっている。
その場所 “らしい” 雰囲気にそれほど慌てる事もなかった。
読んでいた本が洗面槽の中にある。
濡れちゃうとぼんやりと思った。
読み終わったんだっけ、、
カンダタという名前だけが思い出されそれ以外が曖昧だった。
目の前の大きな鏡に頬杖をついた冴えない私が映っている。
そして天井より糸が1本垂れていた。

ますます立ち込める湯気が糸の出所をぼんやりと隠していた。
微かに揺れているのか糸は時々七色の細い光を反射する。
音もなく下りて来る糸は目の前で止まった。

糸は私に語りかけた。
そして私も糸に問いかける。
糸と対話するのは生まれて初めてだった。

4時間が経過して私は繭の中にいた。
天井から伸びている糸は話しかけながらやさしく私に巻き付いている。
心地よい空間でこのまま私はいつまでも糸に包まれていたい衝動にかられたが、
私は間もなくカーテンを開けなくてはならなかった。
明日が今日になり今日が昨日になる。
そんな事をいちいち確認しなくてはならなかった。
「戻らなければならない場所がある」
そう思い指先で繭の壁に触れるとちくと指先に衝撃が伝わった。

私を包んでいた繭はするするとあっという間に糸へと戻った。
天井の湯気の中へと帰っていく。
その先端が湯気に吸い込まれてしまうと立ち込めていた靄のようなものも引いていった。

元に戻ったバスルームでシンクの中の文庫本の上に何かがのっている。
一片の花びらの様なウロコの様なものだった。
ライトにかざしてみると七色の細い光を反射する。
指の間でキラキラと光るそれをやがて本にはさんでしまうと私はバスルームのドアを押した。



部屋に戻った。
すっかり寝静まる空間が異物となった私を跳ね返す事もなくするりと受入れる。
私は窓際に向かった。
外の明るさが部屋に漏れぬ様に脇からくるりとカーテンの向こう側に入る。
窓の外に広がる無人の駐車場では規則的にならんだ電灯がアスファルトを無駄に照らしていた。

ガラス窓の端が曇っている。
指先でなぞるとぴっと外の冷気が伝わった。
夏はやはり終わったのだ。

新しい月が始まった。
このまま年末が追いついてきて足早に今年が駆け抜けて行く。

始発電車が遠くに走る。
気の早い鳥が間もなくの朝日を迎え鳴いた。

私はふうと息を吐いてそっと私の出番を準備した。
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