ノックもなく部屋のドアが開いた。
時刻は 4:57。。
金属のノブが静寂の中にちゃと軽い音を響かせるとその部屋の主人は目を覚ました。
開いてゆくドアの動きに合わせて廊下からゆっくりと光が射し込む。
ベットの上。豊橋タモツは眠りのままの横向きでその様子をじっと見ていた。
完全にドアが開くと弱い光の四角の中にシルエットが現れた。
小さな影は行儀よく座りしなやかに尻尾をくゆらせている。
早朝の侵入者はどうやら猫だった。
家慣れていればおそらく顔の隙間で入って来よう。
野良だな
豊橋タモツはすっかり覚めた頭でそう分析してみた。
野良猫の影はすくと立ち上がると慎重に1歩踏み入った。
確かめるように何度も足を動かしている。
あるいは気持ち良いのだろうか絨毯の毛にかかる爪を外してはぽつぽつと音をたてた。
5:00。
くすんだ電子音に影はぴたと静止した。
大きめの耳をぴんと立ててじっと音のする暗がりに顔を向けている。
豊橋タモツはすっとベットの下に手を伸ばした。
電池切れかかってんな
長年愛用している青い目覚まし時計を探る。
指先で慎重に探しあてると突起する赤いボタンを1度押した。
5:01。
静寂が戻っても尚、部屋の入口では野良猫の影が警戒を解いていなかった。
目が合っていると豊橋タモツが思ってみても猫からは部屋の奥は見えていない。
野良猫はただ目の前の闇をじっと睨んでいた。
5:04。
豊橋タモツは動いた。
ベットから身を起こそうと腹筋から上半身を微動する。
そして、
細心もむなしく、
くたびれたスプリングがぎっと破廉恥に軋(きし)んだ。
一瞬で翻(ひるがえ)る野良猫。
あ
と言う間もなく、
りんと小さく鈴の音を残すとしなやかな動きで部屋を出て行った。
5:09。
豊橋タモツはようやく起き上がるとまず開けっ放されていたドアを閉めた。
ベットに上り片側のカーテンを半分開ける。
外はまだその大半を夜の闇に支配されていた。
窓を細く開けると澄んだ風が入り込む。
黒い世界に冷やされた空気がすっかり秋だった。
早朝の侵入者
豊橋タモツはカーテンだけ閉めると蛍光灯の紐を引いた。
異物。
入口の脇に猫用の見慣れた首輪が転がっていた。
5:18。
豊橋タモツは首輪を丹念に眺めていた。
それは確かに
先週、野良猫に渡したもので、
そして今日、ついさっき部屋に落ちてたもの、、
また “和久井青の方” が選ばれた。
長い梅雨が明けて夏休みが始まってもクラスメイトの和久井青との妙な関係は続いていた。
そして夏休みが終わっても和久井青の提案してくる妙な遊びに付き合っている。
「ノラねこに首輪をわたすのそして選ばれた方がポイント」
和久井青に「?」は無用だった。
ただ、彼女に従ってみればいい。
豊橋タモツは和久井青の繰り出す急流にその身を委ね心地よく流された。
和久井青は野良猫を呼び寄せる名人だった。
公園で土手で街中で屋上で駅で森で学校で、、場所を選ばない。
和久井青がそこでただじっと座っているとひょこひょことヤツらは登場した。
どこからともなく現れて餌を貰うかのように2本の首輪を受け取る。
そして再びどこかに帰って行くのだった。
なんで、ちゃんと返しにくるわけ?
豊橋タモツの問いに答える、
「じゃなきゃゲームにならないでしょ」
和久井青はふふといたずらに笑みを浮かべた。
ゲーム初日の前日、2人は100均で首輪を物色した。
早速、和久井青が鈴付きのもの手にすると、
じゃオレはコレだと豊橋タモツが手にしたのはノミ防止の首輪。
以来、暗黙に 鈴付き vs ノミ防止 というルールとなり週1の早朝ゲームは開始した。
5:22。
少し伸び過ぎの髪を指で整えると薄手のニット帽で包む。
野良に返されたノミ防止効果のある “はず” の首輪と携帯電話をスウェットのポケットに押し込んだ。
部屋の灯りを消す。
カーテンを開けると東の空はようやく薄く白んでいた。
いつもこの瞬間、豊橋タモツは上気する。
間もなく和久井青に逢うからだろうし、
それからきっと「朝日を浴びるから」なのだろうと思う。
和久井青がいつか言った。
「ねこってね朝のタイヨウをあびることの重要性をわかってるのよ」
玄関のドアをそっと閉める豊橋タモツの指先で自転車のキーがくるくると回った。
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