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今日も地球がまわるからワタシはぐるぐる夢をみる、、 ふわふわ浮かんだ妄想を短編小説に込めました、、ユメミルアナタへ愛を込めて☆             
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仁志本くんがようやく帰ると言うので下着をつけた。


時計がまもなく17時を示しベランダを照りつけていた太陽もずいぶん和らいでいる。
雨の1週間も “ようやく” 明けた。
9月を迎えて残暑が懸命に夏を締めくくっていた。

仁志本くんの口から送ってよと言う言葉は絶対に出ないが送らなくていいと言われる事もなかった。僕は本当に面倒臭い人間なんですと前置きした後でそれが「意思の尊重なんだと思ってる」んだと思います、と聞いてもなかったのだが説明してくれた。自分の行動について何かと分析、説明をしたい仁志本優飛。そしてカレはこの性格自分でも嫌んなっちゃいますと少し照れながら反省のような言い訳のような、慰めのような空気をつくった。

たしかにメンドクサイ奴、、
瑞玉野梨子はずっとそう思いながらもカレの隣りで未だに居心地の悪さは感じていない。
そんな実感を何度か確認してから瑞玉野梨子は慎重にカレとの距離を縮めた。
はたして年下の男を “彼氏” と思えるだろうか、、
そんなテーマを自分に課してから気分転換くらいの軽さでこの恋を開始した。

脱ぎ捨てた私の洋服はいつの間にかきちんと畳まれていた。
仁志本くんと一緒にいると時々こうした軽い姫気分が味わえる。
用意の済んでいる仁志本くんは私の着替えからなんとか目を背けていた。

帰るの? と聞いた時はまず「どうしよっかな」と言った。
時計を見ては本気で考えながら一応という感じで身支度を整えはじめた仁志本優飛。
最後に靴下を履いてしまうとやはり帰らないとなんだなと実感したのか「帰るよ」と言った彼。すかさず私は「知ってたわよ」と悪戯に言ってみる。彼はやわらかく微笑むと窓際で残念そうな佇(たたず)まいを隠せずに今日の残り陽に照らされていた。



仁志本くんと駅で別れてから橋まで来てなんとなくそのまま渡らずに土手を歩いた。

マンションが正面に見える所まで来て傍の石の階段を半分降りた。
川向こうの自分の住処(すみか)のあまりの小ささが面白い。
悠然とした川のある風景にあらためて敬服した。
石段の端に靴を揃(そろ)えて脱ぐ。
右手で乾きを確かめてから芝生に座ると足を投げ出した。

街全体を覆っていた1週間分の湿気は1日で吹き飛んでいた。
犬の散歩もジョギングも、ウォーキングもサイクリングも待ってましたと皆足取りが軽い。
風は時折ハッキリと秋だった。


瑞玉野梨子が大きく伸びをするのと同時に背後で声がする。
その独特のトーンからそれがカエルである事はすぐに分かった。
ぺたぺたと石段を降りて来る。
瑞玉野梨子の脇を通り過ぎるとすぐ2段下の斜め前に2匹は座った。

「やっと着いたな」
「あれがうみかすげぇ」

身体の大きさの違いと会話の口調などからどうやら2匹は兄弟であった。

「海のこと絵日記にかけよ」
「うん かける せんせいにいうよ あと  」

後悔した時には「あれは川よ」と口をついていた。
ぎくと2匹は瑞玉野梨子を振り返る。
兄らしき方が言った。

「じつはオレ。。海まだだから」
「おれも」

弟らしき方が続いた。
ほのかにまだ虹色のチビは兄が好きで好きでしょうがない。
女の瑞玉野梨子にも十分それが伝わった。


瑞玉野梨子は小学校のクラスのカエル達の事を思い出していた。

中で1匹だけ同じ様に虹色の子がいた。

成長が少し遅れていたその子は少しスローで今思えば仁志本優飛っぽい。
そして仁志本優飛はあの時の虹色のカエル君そっくりだ。

頭の中で1人と1匹の周りを矢印がくるくる回る。


「オレ、本物の海にいつか行ってみたい」
「おれも」

急に熱く決意する兄弟の目は輝いていた。
詰まった喉からそうねとだけ言葉が出る。
2匹の口許が弛むと思わず手の平をさし出して何度もハイタッチした。
兄弟は「川に近づいてみる」と言うので気をつけて行っといでと背中を見送った。


海と間違えられるなんてちょっと光栄よね。。

石段を駆け下りる兄弟の背中を見ながら私はつぶやいてみる。
語りかけてみても表情を変える事もなく川はしんと流れていた。

ちっぽけな私のマンションが濃いオレンジに染まって、
淡水のつくる丁寧な波間がキラキラと輝いて、
ただそれだけで瑞玉野梨子は夢中にいた。
遠くの豆腐屋のラッパが耳に届く。
夢の狭間(はざま)で最後の蝉と最初の秋虫がわーわーと騒ぎ始めていた。
やがて暗くなる。
それまで、
瑞玉野梨子はふわふわと心地よく空間に溶けていた。


西南西に細い月が美しく映えている。
それに気づくと瑞玉野梨子はぱんぱんと尻の草を落とした。
思い立ち靴を手にする。
裸足のまま石段を上がった。

ぺたぺた ぺたぺた ぺたぺた

この上ない優しい音が夜の風に乗っては消え、乗っては消えた。
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Edit by : Tobio忍者ブログ│[PR]