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今日も地球がまわるからワタシはぐるぐる夢をみる、、 ふわふわ浮かんだ妄想を短編小説に込めました、、ユメミルアナタへ愛を込めて☆             
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束の間に水は濁った。
スコールが止み切らぬうちに漁師達は一斉に沖へと競い出る。


中野富鞠子は海上コテージの窓からその光景を眺めていた。
注いだばかりのカフェオレのおかわりに口をつける。
視界の限りに続く遠浅。
腰まで海につかった男達は我先にと獲物のかかるポイントを目指していた。




滞在中は毎朝日の出を拝むとした旅の目標も3日目で挫折した。
ブランチを食べながらぼんやりと昨晩を反芻している。

眠ろうかと本を閉じると外が騒がしくなった。
カーテンを開けると、おそらく島の中心街からか団体の観光客がビーチに来ていた。

中野富鞠子は部屋の電気を消してカーテンを半分開けた。
飛び交う日本語にじっと聞き耳を立てて様子を窺(うかが)う。
気がつくと日付が変わっていた。
バカバカしさを自覚しながら、もはや根比べ。
目の前で掻き捨てられている旅の恥の様(ざま)をじっと観察していた。

ふぁと欠伸を窓から吐き出すと外ではすでに太陽が容赦なく照っている。
毎朝ポットに用意されるカフェオレが絶品でそれだけで起き抜けから気分は盛り上がった。

砂浜には昨晩の彼ら “異物” の名残もなければ寂しさもない。
消えた喧騒への安堵もなければ一抹の思慕(しぼ)も見当たらなかった。
砂浜を中心とした空間はただシンプルに来てしまった者を受け入れて去る者を見送った。

天災のようなものだろうか、、

中野富鞠子の視線の先の砂浜に穏やかな海が静かに寄せては返している。
視界の全てにシンプルに自然だけが広がっていた。
2種類の豆のサンドイッチを一口頬張り空を見上げる。
シンプルだが最高のコンビネーションで用意されていた朝食に明日の早起きを強く誓った。

中野富鞠子が心地よく悦に浸っていると灰色が山側からみるみる青空に滲(にじ)んで来た。
風にじめりと湿度が増す。
砂浜の向こうの村落が俄(にわか)に騒々しくなると空が光った。

2度3度とジグザグの光が見えては消えた。
雷鳴はまだ遠く高い位置でぱりぱりと不気味にくすぶっている。
そして雨が来た。
空から一気に線の水が落ちる。
激しく降り出した雨に周囲の音は完全に奪われた。
窓から見渡す世界がかすむと島の時間がじっと佇(たたず)んだ。


そして、透明の海は濁ったのだった。


雨が完全にあがるよりも一足早く空は回復しそうだった。
水平線の間際ではもう晴れを取り戻している。

トライアスロンのスタートの様な光景が一段落した頃、
遅れて砂浜に駆け出した兄弟がシンプルな小舟を海面に放るように浮かべた。
キャップを被った兄の方は10歳くらいに見える。
目の粗い古網と弟を乗せるとぐいぐいと舟を沖へと押した。
砂浜から20メートル程の近い位置で船上に兄が何か言う。
網を準備する弟は足下の銛(もり)を兄に投げ渡した。

中野富鞠子は最後の一滴までカフェオレを満喫すると、
バスケットに残る名前の知らない果物を取り出して空のポットを代わりに入れた。
ポーチへのドアを押して外に出る。
チップをポットの下に入れてからバスケットをドアの脇に置いた。

海はすっかり透明度を回復しベテランの漁師から早々と帰還する。
収穫を携えたその表情は誇らしく、心地よい疲れを微かに笑っていた。
ポイントを変えたのかあの兄弟の姿はなかった。

ポーチの端の係留用に低くなっている部分に腰を下ろすと足首まで水に浸った。
ばしゃばしゃと水を蹴りながらアップにまとめていた髪を解くと沖からの風が心地よく髪間を抜ける。
サングラスも日除け用の帽子も今日はやめた。

ビーチは増々盛り上がっていた。

耳に届く歓声を楽しんでいると投げ出していた足に何かが触れた。
触れたかと思うとぐいと持ち上げようとする。
中野富鞠子はうわと後ろにひっくり返った。
何事かと起き上がり海面を覗くと丸い半透明がぷかりと浮いていた。
クラゲだった。
これまで見た事もない巨大なクラゲだった。

衝動が再び中野富鞠子のつま先にそっとクラゲを触れさせる。
透き通る弾力は思いのほか低反発でどこまでも足がめり込みそうだった。

いくらつついてもクラゲは動かなかった。
生きているかも疑問だった。
中野富鞠子は目一杯足を伸ばす。
巨大クラゲを沖へと押し出そうと試みたが中野富鞠子の脚力では重過ぎてびくともしなかった。
そして、代わりにバランスを崩した中野富鞠子はそのままクラゲの上に落ちた。

ずぶずぶと全身をめり込ませてからゆっくりとクラゲは元の形に戻った。
泳げない中野富鞠子は溺れる。
クラゲの中でもがきながらもうダメだと死を意識した時クラゲの上に座っていた。
それからクラゲはスイッチの入ったかの様に沖へと漂い始めた。

クラゲの上から見る海も広いなぁと呑気(のんき)に感心していると、
スタート地点だった海上コテージはいつのまにか豆粒となっていた。
どんどんと太鼓の音が耳に届く。
遥かビーチではその騒ぎが一層盛り上がってきているようだった。

クラゲは大きくなっていた。
気がつくと足を伸ばせる位にまでなり、
やがてその上で寝転がれる大きさにまで膨張していた。

うつ伏せに倒れて顔だけ横に向けると心地よくヌルい物体に包まれた。
太鼓の規則的なリズムにそれどころではないと思いながら眠りに落ちた。

この世の最高のベットの上で、
中野富鞠子は泳いでいる夢を見ている。

クラゲの上でジタバタと泳ぐ中野富鞠子の周りでは続々と魚達が楽しそうに並泳し始めていた。


中野富鞠子の長い休暇はまだ始まったばかりだった。
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