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今日も地球がまわるからワタシはぐるぐる夢をみる、、 ふわふわ浮かんだ妄想を短編小説に込めました、、ユメミルアナタへ愛を込めて☆             
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「ぃやあ、、町に入ってからここまであんまり人がいませんで、つか誰も」

短い挨拶の後、平静を取り戻そうと日常会話を向けてみる。
しかし、巡査は背中を私に見せると無言のまま奥の部屋へと消えた。
何かを言いかけてやめる。
のっそのっそと揺れながら離れていく大きな後ろ姿を見送りながら、
とりあえず私は勧められた椅子の上に荷物を置いた。

聞こえなかったのだろうか、声がちゃんと出てなかった、いや、日本語が、、それはない、十秒前を振り返りながらも、いきなりの「彼」との遭遇にぐつぐつと動揺が膨らんでいる。ともあれ、到着して早々にお目当ての「犬のお巡りさん」とのご対面となった。

ざっと見回してみると派出所自体はごく普通であった。どうやら特別なのは彼が勤務しているという事だけのようである。私は窓の外を振り返った。駅前のロータリー全体がちょうど見渡せる。商店らしきものは全て閉まっていた。コンビニはない。広い道路にはバスはもちろん乗用車もバイクも一台もなかった。駐輪用のスペースに自転車すらも見当たらない。

「やはり、噂通りなのか」

鳥だけがいた。バス停の屋根にせわしなく留まっては入れ替わりで飛び立ってゆく。しばらくして少し遠い場所から踏切の鐘の音が聞こえだした。かんかんという渇いた連続音が静寂の町中に響くとすぐに鳥達が楽しそうに呼応する。無人のこの町をただ通過するだけなのかもしれないが、いずれにせよ間もなくの列車の訪れを知らせていた。私は深く息を吐く。向き直るとちょうど彼が奥から戻って来た。

そうなんです

犬のお巡りさんは持っている盆をさし出した。彼の、そうなんですが何に対するものなのか理解するのに一拍かかる。聞こえていたしそうか日本語もちゃんと理解してんだと暗に喜んでいると、湯呑み茶碗ののった丸盆が寄ってきた。

さ、どうぞ

毛むくじゃらの両手が制服の袖からのぞいている。私は気づかれぬ様に唾をひとつ飲み込んでから、それから慌てないようにゆっくりと左手を湯呑みに添えながら右手で茶托を持ち上げた。

ゴールデンウィークですから

そう言って、犬のお巡りさんは私から少し離れた場所でパイプ椅子を開くとどかと座った。余計に華奢に見える椅子がみしと悲鳴をあげる。丁寧な口調のわりにはその図体の通りに動作は大きかった。

実は

と彼は本当に申し訳なさそうに、これからすぐパトロールに出なけれならない事を私に告げた。私は、おそるおそる同行したいと言ってみる。すると、それを聞いて彼の巨体からあからさまに喜びが滲み出た。

じゃ、せっかくなんでそれ飲んじゃって下さい

ずいと彼の振り上げたぬいぐるみのような指の先には私の湯呑みが手つかずでじっとしている。ちょっと用足してきますと照れ含みの明るい口調で言い残すと犬のお巡りさんは再び奥へと消えた。

いつの間にか踏切はやんでいた。私はのっそのっそを再び見送ってから茶托を寄せる。湯呑みの蓋をとるとアオい香りを湯気がフワと押し出した。添えられた小さな干菓子をつまみ上げる。透き通る水色の魚だった。尻尾から半分だけかじる。ガリガリとした乾いた砂糖の食感を楽しんでから残りを口に入れた。口に広がった上品な甘味の消えぬうちに茶をすする。絶妙な温度で心地良い苦味をじんと舌の上に残したまま、犬のおまわりさんのいれてくれた茶は緊張で乾いていた私の喉をすんなりと抜けていった。


犬のお巡りさんは派出所の奥の部屋へと続く扉にだけ鍵をかけると、机の上にパトロール中の札を一応掲げた。彼に付いて私はゆっくりと自転車を走らせる。駅前から商店街を抜けた。やがて我々は住宅街へと入る。町はどこも見事にもぬけのからだった。

この時期ばかりか大型の連休があるとここらはいつもこんなです

犬のお巡りさんはそう言って笑う。ゴーストタウンと呼ぶには温もりがあり過ぎる不思議な無人状態であった。密ができれば同時に疎ができるという事ですかね、そう言ってから自分で二度三度と頷くと犬のお巡りさんは自転車のスピードをぐいと上げた。そんなものかもな、と私もなんとなく理解してペダルの足に力を込める。いつの間にかすっかり“彼と”に慣れていた。


誰に会う事もないまま小さい川を二本越えた。
橋を渡ると景色が変わる。
その都度、自然が増えていった。
もう少しですから、と犬のお巡りさんは時々私を振り返る。
かなり久しぶりに自転車に乗っているが不思議と疲れはなかった。
汗もまったくかいていない。
流れて行く風景が初めて来たはずなのにどこか懐かしかった。
そんな事を楽しみながら自転車を漕いでいる。

「そういえば、、」

目的を忘れていた。
私は何をしているのだろう。。
誰かから何かを聞きつけてこの町にやってきたハズである。
仕事だった、よな。
私は頭の中を整理する。
目の前を見た。
私のすぐ前を走っているのはパトロール中の警官。
犬のお巡りさんが大きな身体で器用に自転車に乗っていた。
私は五メートル程その後ろを走っている。
警察用の角張った白い自転車に生まれて初めて乗っていた。
犬のお巡りさんが借してくれた自転車である。
普段決して乗る事のできない自転車。。

私は思い出した。


「私は小さい頃警察官になりたかった」


どうやってこの町に来たんだろう、
そんな事を考えていると目の前に大きなトンネルの入口が見えた。いつの間にか犬のお巡りさんとは十五メートル離れている。追いつかなくてはと私は立ち漕ぎに切り替えて右左右左と全体重をリズムよくペダルに伝えながらトンネルへと入って行った。


トンネルを抜けるとそこは田園風景だった。
水田に薄く張られた水が透き通るスカイブルーである。
まるで青空を映しているのだが見上げる空は灰色に曇っていた。

ん。。

摩訶不思議な光景が私に重要な事を気づかせた。



私は死んだのだった。



緩やかに下りながら田んぼの間のあぜ道を自転車は進んで行く。
やがて抜けて来たトンネルの出口が見えなくなった所で私達は自転車を停めた。

この辺がよろしいかと

犬のお巡りさんはそれだけ言って自転車から降りた。雨が止んだばかりなのか降り出す直前なのか空は分厚い雲に覆われている。灰色の世界で足下の水田にだけ文字通りの「水」の「色」がついていた。私はゆっくりと踏み込んで行く。広がる波紋が水面を歪めてしまっても私は構わず進んで行った。水が冷たい。神経がぴんと研ぎ澄まされていた。死んでこの町に来て、私はこれから旅立つのだ。その事ははっきりと分かっているのに、なぜ自分は死んだのかだけは思い出せなかった。

水田の中央で私は立ち止まる。
見上げると西の空は灰色がほのかにオレンジだった。
大きな黒い鳥がゆったりと帰って行く。
落ち着いた水面に視線を下げた。
空色の中にいる。
両手を広げてみると飛んでいる錯覚が起きた。

居たいだけ居ればいいのです

振り向いて私が聞く前に犬のお巡りさんはそう目で合図した。

私はしばらくそこに立ち尽くしていた。
私は空にいる。
五月のわりに冷たい風が上げた両脇を抜けていっそう私をそんな気にさせた。



あぜ道に停めた二台の自転車の傍で犬のお巡りさんはくつろいでいた。
長い草をくわえて寝転んでいる。
肘をついて首を支えながら、
飽きるでもなく変わらぬやさしい視線をこちらに投げていた。



「見届けてくれるんですか」


空から戻った私は彼に聞こえるように大きな声を出した。
久しぶりに聞く自分の声がのどかな風景に響く。
犬のお巡りさんは黙ったまま身を起こすと右手をすっと上げた。
ぬいぐるみのような人差指の先のそのまた先の空にぽっかりと穴が開いている。
厚い雲が丸く抜けてなぜかそこだけ五月の青空が見えていた。

青と白のちょうど中間、べた塗りのスカイブルーが私を呼んでいる。


私は飛び立った。


ようやくその瞬間、

自分が死んだという事実を受入れたのだが、

どうして死んだのかはやっぱり思い出せなかった。

ゆっくりと上空に昇っている。

やがて全ての音がなくなった時、まぁいいやという気分になった。

振り返り地上を見下ろすと一面の水田はやはり五月の晴れを映している。

「青過ぎない青空」

前を向くと穴が迫っていた。

広げた両手を前に伸ばす。

引っ張られるような感覚にそのまま身を委ねてしまうと、

あとは私は目を閉じた。





あぜ道の自転車の傍で犬のお巡りさんがいる。


さっきのまま寝っ転がって長い草をくわえている。


ゆったりした姿でじっと私を見届けている。


やさしくまだじっと見届けている。


まだじっと見届けている。


まだじっと。



まだじっと。。


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