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今日も地球がまわるからワタシはぐるぐる夢をみる、、 ふわふわ浮かんだ妄想を短編小説に込めました、、ユメミルアナタへ愛を込めて☆             
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「まだかなあ まだかなあ」

オンナはガラス窓にへばりついたままつぶやいた。
その声はか細くて軽くて鈴鳴りのように僕の耳にかろうじて届く。
 シャンシャン シャンシャン 
束の間にその音は鉄の車輪と線路の継ぎ目の震動に包まれて消えた。
 タタントトン タタントトン
何がまだなのか一度だけ聞いてみる。
オンナは相変わらずの姿勢のままででじっと前を見ていた。
返事はない。
何度もは聞かなかった。
しばらくずっと聴こえていたハミングも止んでいる。
いよいよその時が近いのだろうか。
(が、なんだソノトキって。。)
僕は時々自問しながら、
生気の戻ったオンナのそばにいてただじっと見守っていた。


二人でいくつの駅を抜けただろうか。環状線をかれこれ六周はしているはずだった。座ってからの二周目からの三周分の記憶がほぼない。最初、車両の中央のシートのその中央に座り、そこから端へ端へと移動しながら、ようやく辿り着いた連結部分に程近い席での記憶が落ちていた。列車の成す音と揺れのつくる規則的なリズムが身体に染み込んできて意識は心地良く遠退いていく。すぐにナマヌルい眠りのヌカルミへと沈んでいった。やがて、現実にぷかりと浮上した時、ふと見た時計からざっくりと計算してどうやら七周目に入っている事を知る。腕の中のバスケットを覗き込むとオンナも寝て起きた所だったのか一つ大きく伸びをした。シャンと小気味のよい音がする。そして、僕を見上げるとオンナは最後尾の車両への移動を示唆したのだった。


窓に灯が入り始めたビル群が遠ざかるとじきに到着する駅がアナウンスされた。最後尾に移ってから次の駅でちょうど丸一周になる。列車はぐうと減速を開始した。僕は前後斜めに開いた足のつま先にゆっくりと力を込める。列車の真後ろに見る縦の風景がこの環状線が意外な勾配を進んでいる事を僕に教えた。そして列車は走行中かなり揺れている。そんな二つの発見を楽しみながら学生時代にかじったスノーボードを思い出していた。全身で足下のバランスを取りながら両腕から手首の先に注意を向けている。できるだけバスケットを揺らさないように意識を集中した。水を張った洗面器を持ちながら雪原を滑走している。そんな自分を想像したりしながら疲れも飽きも全然感じていなかった。

いくつか橋をくぐってから列車はするするとホームへと滑り込む。ぴたりと定位置に収まると車両は完全に停車した。ドンという音とともに左側のドアが一斉に開かれる。どかどかとほとんどの乗客が降りてから待ってましたとホームからの人々がぱらぱらと踏み込んで入れ替わる。車両が小さく左右に揺れる。止めていた息を一気に吐き出すかの様に列車の力が抜けていった。

独特の口調が発車時刻を車内に告げる。
スピーカーからの雑な音声がなにやらゆったりとしたものを充満させた。
空席もあったがそのまま立っている。
ぴたりと窓につけたバスケットからオンナが身を乗り出していた。
この駅で車掌が替わる。
新たに乗るのは見習いのような若い女性だった。

小さな疾風が十一両目の僕らの車両を駆け抜ける。

若い車掌さんと僕らの視線が交差した。
その時、手の中のバスケットがふっと軽くなる。
オンナの背中で小さな羽がかささと微動した。



羽化が始まったのは今日の早朝だった。

休前日の長残業を終えて部屋に帰るといつも通りに寝支度も最低限でベットに倒れ込んだ。
すぐに深い眠りに落ちたはずだったが、数十分後に目が覚めている。
疲労はかなり残っていたが頭はハッキリとしていた。

暗さに慣れた目で部屋を見回すとカーテンにぼんやりとした光が一つ目に留まった。脈を打つ様にゆっくりと明滅するそれは初めセミの幼虫に見えたのだが、近づいてみるとセミよりもひと回りかふた回りは大きい。色もずっと白っぽかった。幼虫はその細い節足でじっとカーテンの裾にしがみついている。深呼吸の様なゆっくりとしたリズムで全身を白くてやわらかい光で瞬かせていた。

僕はずっとその場に寝転んで光の虫を眺めていた。喉が渇いたので一旦キッチンへと立つ。冷蔵庫のミネラルウォーターのボトルを手にして戻ると幼虫に異変があった。皮膚の透明感が急に薄れ発光が弱まり始めている。みるみる躯全体の白みが濁るとやがて幼虫は力なくカーテンからぼとりと落ちた。絨毯の上で裏返ったまま六本の細い足が痛々しく空を切っている。僕はすぐにひっくり返し戻したが、それから光の幼虫はじっとうずくまったまま動かなくなってしまった。
何も出来ぬまま数分が過ぎる。懸命に思いを巡らせた結果、僕は立ち上がり部屋を出た。玄関の照明を点ける。我が家で唯一の生命体である観葉植物に近づいて鉢の入ったバスケットごと持ち上げた。観葉植物を窓際まで運んでから幼虫をそっと手の平に乗せる。ずしっとした生命特有の重さに一縷の望みを感じながら茎元にそっと幼虫を移してみた。もはや光を失っている幼虫にかからぬようにペットボトルの水で乾いた土を濡らす。カーテンを全開にして白々と明け始めた今日を未だ夜だった部屋全体に取り込んだ。

去年のクリスマス前にガールフレンドが急に買ってきた観葉植物である。
その彼女は先月あっさりと僕から去った。「こういうの好きなの」という当時の彼女の言葉が頭で二度再生する。テキパキと私物を部屋から引き上げてこの観葉植物は残された。その時の彼女の言葉は、、なんだっけ。なぜか新しい方の記憶が抜け落ちている。たった六文字のカタカナの名前が最後までどうしても憶えられなかった。。

そんな事を考えながら浅いうたた寝をしたようだ。
室温が上がっていた。
窓際の絨毯の上で目が覚めるとじっとりと顔やシャツの背中に汗をかいている。
バスケットの中を見ると鉢の受け皿に水が少し洩れ出ていた。
変化はそれだけで幼虫も観葉植物も変わらぬ姿でじっと同じ位置にある。
窓を薄く開けてからシャワーに立った。



シャワーから出ると部屋に生気が充満していた。

「なにこれ」

全裸のまま思わず口をつく。

窓際でフられたばかりのガールフレンドの名前の難しい観葉植物の葉がほとんど無かった。
幼虫が動いている。
全ての葉を虫食んだのはどうやらヤツのようであった。
幼虫は枝先の残りの葉をゆっくりと咀嚼している。
光ってこそいなかったが確かに体躯に生がみなぎっていた。

僕はなんだか複雑な心境を整理してからまぁ良かったなと納得するとバスタオルで体を拭いた。

ブランチを用意し終えた頃、
すっかり茎だけとなった観葉植物の枝もとに寝そべって幼虫は欠伸を一つ、
そしてじっと観察する僕の目の前で立派なサナギへと成長すると約二時間をかけて最後の変態を終えた。

成虫は透き通る黄緑の大きな羽がウスバカゲロウを思わせた。
殻を完全に脱いでしまってからじっと立ちつくしている。
しっとりとまだ瑞々しい肢体をゆっくりと部屋の空気に馴染ませていた。
僕はじっと見ている。
やがて成虫は大きな欠伸を一つした。
ゆっくりと大きな目が開く。
白い躯をそっと光らせて美しい黄緑の薄羽に力を込めた。

成虫はすいと飛びたった。

天井の隅にとんとんとぶつかってから布団の上に落ちる。

再び飛び上がり、ひょろひょろと落ちた。

飛び上がる。

落ちた。


窓際まで飛んでじっと外を見ている。

薄く開けられた窓に立っていた。

網戸を抜けて風が入る。

成虫の元気が失せていた。


その美しさに魅せられながら僕はなんだか切なくて、逃がす事を決める。

外は曇りだった。太陽の位置がわからない。成虫は電池が切れた様に風の通り道に横たわった。僕は何かに急かされて、目の前の茎だけの観葉植物の鉢を持ち上げると、外側のバスケット中にハンドタオルを敷いた。丁寧に成虫を中に入れる。タオルの上でじっと動かない成虫は大きな薄羽がしゅんと縮みオンナになっていた。

僕はバスケットを抱えて定期券だけ持つとマンションを飛び出した。

外の方が涼しかった。駅前で雨が降ってくる。しばらく改札で雨宿りをしていたが意を決してそのままホームへと急いだ。どうにもじっとしていられない。立ち止まっているとどんどん何かが失われてしまう、そんな衝動に追いかけられていた。乗り場への長い階段を登りながら息がやや切れかかる。少しペースを落とした時、バスケットの中でオンナが身を起こした。生気が少し回復している。電車を待ちながら路線図の前でどこに行こうか考えていた。できるだけ大きな公園を想定する。思案しているとオンナがバスケットから顔を出した。

路線図にオンナが指差したのは自分の羽と同じ色の黄緑色のラインだった。





女性車掌は細いドアから半身を車両に預けたまま待機している。

やがて袖を上げて時間を確認した。
そろそろというタイミングでホームに降りる。
ゆっくりと柱に近づいてからもう一度腕時計に目をやった。
右手がスイッチ押すと発車のジングルがホームに響く。
バタバタと駆け込む数人とすれ違いながら僕らもホームに降りた。

オンナが「ここだよ」と僕に笑った。

ゆっくりと列車が発進する時、僕はもう一度車掌と目を合わす。
そしてオンナは再誕した。
バスケットのふちに座りしなやかにストレッチをしている。
鮮やかな黄緑の薄羽もすっかり再生していた。

最後に、僕は何かを聞こうとして、やめる。

トンとバスケットを蹴ると蜉蝣へと還ったオンナは電車を追う様に華麗に飛んで行った。


遅れてあの鈴なりの音が微かに僕の耳に届いたがすぐに春の風が吹き消した。

僕はバスケットを覗き込む。

中のハンドタオルを取り出して広げるとシャンと一つ鳴った。

きらきらとヒカリが散る。



僕は達成感と虚脱感を抱えたまま家路へと向かった。

そのまま逆方向に乗ろうと反対側のホームを目指したが途中でやめてそのまま同じホームからやがて来る列車を待った。今度は先頭車両へと乗り込んでみる。

運転席の隣りの窓から見える外がほとんど闇に暮れている。ヘッドライトがしんとした敷石を一瞬明るく照らし出しては始まったばかりの夜へと返していった。小さな坂道を上ったり下ったりしながら環状線はぐるぐると進んで行く。視線の先で二本のレールがきっちりとパラレルのままで行先へと永遠に延び続けていた。西の方角に薄く夕が残っている。いつの間にか、控え目な春の星が空一杯に瞬いていて明日の晴れを知らせていた。


一人になって、

仕事帰りのような現実の空気に意識が馴染むと不意に欠伸がわき上がった。

明るさが逆転してガラス窓がくたびれた車内を映している。

僕は振り返ってその場の全てを呑み込む様な長くて大きなとびきりのやつを一発見舞ってやった。

それは眠気からではない何か大きな区切りへのお疲れ欠伸。

ドアの方、横を向いた。

相変わらずの貧相だが、なんだかすっきりとした自分が窓に映っている。

背筋を伸ばして鼻息のかかる程ドアに近づいた。

窓にへばりついて遠い先の夜空を見ている。

ビル間を待っては何度も何度もできるだけ遠くへと視線を送った。

線路沿いに建つ冷たいビルは容赦なく、

名残の僕の遠目を手前で遮っては高速で流れていく。

星なのか窓の灯りなのかわからないぼんやりとしたヒカリの粒が、

潤んだ僕の両目にいつまでもきらきらと映っては消え、映っては消えた。

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Edit by : Tobio忍者ブログ│[PR]