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今日も地球がまわるからワタシはぐるぐる夢をみる、、 ふわふわ浮かんだ妄想を短編小説に込めました、、ユメミルアナタへ愛を込めて☆             
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「、、風がやんだ」

帽子をすると頭から引き下ろすと老人はひとり言のようにつぶやいた。短いツバの付いた季節外れのニット帽がくるくると丸まって老人の手の中に収まってゆく。老人は何かを待つようにじいと上の方を向いたまま短く刈り込まれた頭をじょりじょりと撫でていた。

まぶしい。先週から続いている初夏を思わせる強い陽射しが、まだ五月である事をいちいち頭で確認させた。午前の陽は速くて木漏れ日がいつの間にか顔に差している。ボクは陰へとベンチの尻を十センチばかり移動させた。バギーを押す母子が老人とボクの間の歩道をゆっくりと通過する。平日の早朝を過ぎた市民公園はほとんど人の気なくぴたりと時間が停止しているようだった。

ボクは文庫本を読んでいるそ振りで引き続き老人を観察する。これまで、ただじっとそこに佇んでいた老人が微動し始めて猫が目を覚ました。老人は自分の後頭部をずっと撫でている。老人がふむふむと何やら小さく頷くと猫は音もなく主人の膝の上から飛び降りた。

デッ 猫のあまりの大きさにボクは思わず声をもらす。立派な耳をぴくりとさせるとじろと大猫はボクに一瞥をくれた。聞こえたのだろうか。すぐにボクから顔を背けると黒い大猫様は老人の足下で豪快に伸びをした。そんなケモノにボクの方はすっかり視線を釘づけている。黒い獣は老人のスラックスの裾や靴に鼻先を近づけると猫っぽくその立派な髭をぴんぴんと揺らした。どれだけ念を送ろうとも二度とボクには見向きもせずに主人の二本の足にすり寄っている。老人の無造作に下ろした右手に頬を当てながら妖しく優雅に八の字を描いていた。

「、、前ぶれじゃ」

前ぶれ? 猫に魅了されていると老人の新たなつぶやきがかろうじて耳に届いた。ボクは老人へと意識を戻す。そして彼と初めて視線が交差した。老人がハッキリとボクに向けて「前ぶれ」と言ったのである。
太陽はそろそろ真上に来ていた。相変わらず人の気のない広い園内の片隅で鳥の声がギーギーだのツピツピだのと遠くで近くで時々に鳴っては消え鳴っては消えていった。
ボクは老人に集中する。老人はベンチからゆっくりと腰を上げるとふうと深く息を吐いてからボクに右手を上げた。お先にといった感じで老人が歩道へと前に進むとその後を猫が付いて行く。そんな老人と猫をボクはもはやどうどうと観察していた。ベンチのある芝土から歩道の日なたへ出る寸前に老人は立ち止まり猫もそれに従う。老人はうすく笑みを浮かべるとカバンから小さな瓶を取り出した。キャップを外して手の平にザラザラと現れたのはラムネのようなモノである。老人は二粒を選り抜くと残りを大事に瓶に戻した。一粒を猫に食べさせてもう一つは自分の口に放り込む。それから歩き出した老人はスピードが上がっていた。すぐに一人と一匹は視界から消える。ボクはベンチに座り直した。
遠くを見ると丘の上の風車が全て止まっている。その光景はこれまでに一度も見た事のない異様なものだった。老人の言ったように風がすっかりやんでいる。


「実は前にもある」

急な背後からの声にボクはベンチからずり落ちそうになった。後ろを振り向くと林の入口に別の老人が立っている。先程の大きな黒猫程の身丈のこの老人は自分よりも少し背の高い鳥を連れていた。鳥は鮮やかなピンクである。


「フラミンゴを見たことないのか」

老人に言われてボクは考えた。
フラミンゴを見たことがあっただろうか。。

フラミンゴは老人のまわりを歩いたり走ったりしながら時折奇声もあげた。翼を広げると結構な大きさである。フラミンゴは長い首を伸ばしたりS字に曲げたりしていた。いつの間にかボクは老人の質問を忘れフラミンゴに魅了されている。黙っているボクがフラミンゴを知らないと思ったのか、老人はフラミンゴの話を開始していた。好奇心旺盛なフラミンゴはその場にじっとしていられず老人から離れようとする。すると老人が「チョーィ」と奇妙な声を発した。フラミンゴはすごすごと老人の傍に寄って行く。どうやらチョーィが犬笛のような役割なのだった。老人は話の途中であっても遠慮なくチョーィを発する。それはフラミンゴの興味が話と無関係に働くからであった。フラミンゴが離れ、老人のチョーィ、また離れ、チョーィ。そんなやりとりが話の最中ずっと繰り返されていた。


「やってくれるな」

話を聞いていなかったボクは素直に間の抜けた表情をする。
長い説明で汲み取った事はこのフラミンゴがまだ子供であるという事だけだった。

「だから、風がやむから、前ぶれで、だからおぬしの力が、、」

老人のイライラと取り乱しようから事態の深刻さが伝わった。が、その間も時々、フラミンゴとのチョーィが繰り返されて、ボクはどうしても話半分でそのやりとりを飽きずに楽しんで見てしまう。最後は、とにかく来いと言われるままにボクは老人の後について林の中へと入って行った。

林に入るとすぐに静けさに包まれる。奥に行く程に木々の間隔が狭くなり気温が徐々に下がっていった。樹木の種類が変わったのか目線の高さで緑が増えている。いつの間にか周囲が緑で覆われていた。ボクらは獣道を進んでいる。さらにしばらく進むと左右からの枝が交差して絡まりくぐり抜けるアーチのようなものが現れた。老人はフラミンゴの子供に股がると入口のようなアーチの前へと進む。先は見えなかった。そこに入るのかと聞くと入ると言う。ははーんと得意げに老人に振り向かれボクは少しムカッとしながらゆっくりと近づいた。老人はポケットから小さな瓶を取り出すと栓を外して手の平に瓶を振る。ザラザラとラムネのようなモノを小さな手に出した。なんか見憶えのある光景である。老人は一粒を残し残りを大事そうに慎重に瓶に戻した。予想通り老人はフラミンゴの口にそいつを放り込む。老人を乗せたフラミンゴのコドモはスピードを上げてアーチをくぐり抜けるとすぐに視界から消えた。すぐに中から声がする。「一気に来んと死ぬかもな」ひひひと言葉尻に悪い笑い声が聞こえた。すっかり老人のペースなのがしゃくである。ボクは仕方なくすでに中腰だった姿勢をいっそう屈めてやれやれと小さな入口へと踏み込んだ。中は煙っているのか暗くはないのに先が見えない。足下に残っているフラミンゴの足跡を辿った。ボクは視線を落として屈んだままでちょこちょこと進む。時々、小枝なのかぴしゃりとボクは脳天をはたかれた。気温は高くないはずなのに潤った大気に包まれてじっとりと汗をかいている。無理な姿勢にも酸素ばかりの空気のお陰か息はちっとも切れなかった。しばらくすると曲げっぱなしの膝に疲労を感じたが止まらずに進む。ようやく前方の数十センチの視界が変化したのはもう少し歩いてからだった。ぼんやりとオレンジの光が見える。老人のジョークを真に受けたわけではないが、ボクは徐々に強くなるそのオレンジの光をとにかく目指して休む事なくしゃがみ歩きで一気に進んで行った。

まぶしい。

視界が突然開けるとボクは視力を失った。
徐々に目が慣れてきたボクは通って来た霧のトンネルのその出口で膝をつく。目の前に広がる予想外の光景にしばらく口をだらしなく開けていた。目の前、数メートルの野原の先から水が広がっている。向こう岸は見えない。あるいは海かもしれない大きな水たまりがそこにあった。水の上にオレンジに光る太陽がある。ボクはそれに導かれていた。太陽でしたか。それは沈み行く夕焼けなのか現れたばかりの朝焼けなのか曖昧だった。ボクはその事を考えるのをやめる。とりあえず、先に行った老人とフラミンゴの姿を探してみるが見当たらなかった。ボクは立ち上がり水際まで進んでみる。水面にいくつもの点が見えた。点はほぼ等間隔で遥か先まで視界の範囲全てに見える。数百、数千、、ボクは目を凝らした。
どうやらそれは全てフラミンゴである。ボクはおもむろに老人とフラミンゴを呼んだ。そのどれかがそうに違いない、思い込み声をだす。遮るもののない空間でボクの声は遥か先までどこまでも走っていった。
一番手前の点がぴくりと反応する。
波紋が広がった。点が徐々にピンクに染まるのを見ているとぬぅと長い首が持ち上がる。点に見えていた身体が持ち上がり水上に細い足が現れた。凛とした風格で最後にゆっくりと鋭い目を開ける。オトナのフラミンゴは片足をゆっくりと上げた。水は浅い。ボクは思わず水に触れた。
波紋。
軽はずみのボクのその行為でそこにいる全てのフラミンゴが一斉に動き出した。電気のスイッチを入れたかのように手前から奥へとフラミンゴが目を覚ましていく。湖はピンクに染まっていった。あっという間に鳴き声やら羽音やら水音がざわめきとなって静寂を浸食する。やがて最初の一羽が飛び立つと二羽三羽と飛沫を上げながらあとへ続けと空へと羽ばたいた。
ボクはただその光景を眺めている。倒してしまったドミノを見るようにただそれが終わるのを見ている事しかできなかった。
先頭のフラミンゴは真直ぐに太陽の方へと群れを引っ張って行く。ボクに背を向けてオレンジの光へと進路をとった。数千の羽ばたきが水面を揺らしピンクが空を覆う。湖から離れ文字通り一丸となったピンクの点が太陽に飛び込んで行った。ざわめきが先に消えると静寂の中でやがてピンクの点は小さく小さくなってゆく。そして音もなく大きなオレンジにに溶けていった。

ボクは水際で膝をついている。


フラミンゴの消えた湖がそこにあった。


水面に遅れて波が届いている。



そして風が吹いた。。







ベンチに横たえた頬に小虫が歩きボクは目を覚ました。
蝶がヒラヒラと宙を舞っている。
澄んだ空の青がやや白んでいた。

頬を指でさすりそのままの姿勢で視線の先の広場を見る。
大時計に目を凝らすとどうやら夕方の五時になろうとしていた。
時計塔の影が長く伸びている。
五月ってこんなに日が長かったっけと昨日の夕方と同じ確認をしてからボクは意識を起こして身体も起こした。
伸びをしながら首を回す。
遠くに見えるこの町の風車はずらりと並んで仲良く回っていた。
風が戻ったのだろうか。
クリーム色の風車小屋がやさしいピンクに染まっていた。


そもそも、風はホントにやんだのだろうか。


視界に人が入る。
目の前の歩道を老夫婦がゆっくりと歩いて行った。
ボクは丘の上に視線を戻す。
しんと止まっている風車を想像してみるが上手くできなかった。
後ろを振り返る。
朝と変わらぬ林があった。
木々の間の奥に目を凝らすとだいぶ暗い。
どうやらあそこでは一足先に夜が始まっていた。


風がぬるい、

春は終わろうとしているのか、

そう思っては何度も気温が下がる、

そうしていつの間にか季節が変わるのか、

夕の強風がサンダルの素足をなでてゆく、

フラミンゴはどこに行ったのか、


空に溶けた。


夕陽に溶けた。



ボクは今日も夢を見た。
それがどんな夢だったのか断片しか思い出せない。
それはいつもの事だった。
どこからどこまでが夢なのか。
ボクは考えようとしてやめる。
それもいつもの事だった。


ボクは足下に落ちていた文庫本を拾い立ち上がった。
老人の座っていたベンチの向こうで高い笑い声が聞こえる。
部活帰りの高校生が自転車で走り抜けた。
文庫本を逆さにしてばさばさと砂を払う。
ボクは歩き出した。

何人もの人とすれ違う。
暮れなずみの市民公園は和気に満ちていた。

歩きながらボクは木立の切れ目の度に左半分を夕陽に焼かれている。
日暮れは間もなくだった。
四度目に立ち止まると向き返り背中を遠い太陽に向けてみる。
自分の影が伸びていた。
足を開き腕を伸ばし指の先までひろげてみる。
指の間から夕陽の粒がさらさらと影へと流れていった。


フラミンゴ、

ボクはフラミンゴを見たことがあるのだろうか、、




振り向いて落陽と正対した。


まぶしさに視線を落とすと、

フラミンゴが溶けていった夕焼けが、

ボクの白いポロシャツをやわらかなピンクに染めていた。


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Edit by : Tobio忍者ブログ│[PR]