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今日も地球がまわるからワタシはぐるぐる夢をみる、、 ふわふわ浮かんだ妄想を短編小説に込めました、、ユメミルアナタへ愛を込めて☆             
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「まもなくセカイのオワリです」

そうですかとこたえてからアノヒトの中の深い部分から小さなため息がもれた。アノヒトは急いで流れ星を探すのだがこんな時に見上げる空はいつだってどこまでも厚い雲におおわれている。「ホントにもうマモナクですから」そう付け加えて創造主はゆっくりと海へと反転した。

時折、生暖かい風がやさしく吹き抜ける。
この世界のこの時季らしい静かな最終日だった。

創造主はアノヒトに背を向けるとぼんやりと発光を開始する。かえるのですかという質問が意味のないものである事に気がついて、アノヒトは声帯を震わせずに吸い込んだものをそのまま吐き出した。アノヒトが二つ目のため息をもらす。明滅が心音と同じリズムになって創造主は前に進み始めた。音もなく。最後の姿形は蝸牛(かたつむり)であった。

もしも創造主に会えたならと普段から山程用意していた「アナタ二キキタイコト」がアノヒトの口から一つも出てこない。アノヒトはただじっと自分から離れて行く蝸牛の後姿を見送っていた。ゆるやかに蛇行する線を白砂に引きながら創造主はじりじりと海へと進む。やがて水際まで到達すると動きを止めた。海水に身を慣らすかのように蝸牛はそれらしくじっと佇んでいる。
アノヒトは想像していた。
立ち上がり走り寄る。連れて行ってくれと創造主に自分を懇願させてみては引っ込めた。蝸牛の殻にしがみついてスガっている自分を想像しては打ち消してみる。

あんなに舞っていた海の小虫の姿がいつの間にか見えなくなっていた。

再び動き始めた創造主が蝸牛のままゆっくりと水に入って行く。次第に小さくなって殻の頭頂が小波に見え隠れし始めた。徐々に波が音を失ってアノヒトは短い静寂に包まれ始めている。蝸牛は完全に浸水した。波の音を取り返そうとアノヒトは耳をすましている。目の前で曇り空に水平線が曖昧だった。いつの間にか涙がアノヒトの頬を伝っている。泣きを意識してしまうと涙は止めどなかった。アノヒトもひとしきり泣く。やがて息が整うとアノヒトは少し眠りに落ちた。体育座りの姿勢で細くて長い首だけを突っ伏している。アノヒトは膝を抱えたままの同じ姿勢でじっと動かなかった。




 波の音が耳に届くと顔や胸や腹が蒸れていた。
 どのくらい経ったのだろうか。
 どうやら眠ってしまった。
 そんな事ないとわかっていながら思ってみる。
 もう世界は終わったのか、、
 確信犯は弱っている証拠だった。
 最後の日ぐらい弱ってもいい。

 腕を解いて足を伸ばした。
 顔を上げながらゆっくりと身体を開いていく。
 まぶしいと感じたがよくよく見ると空は相変わらずであった。
 灰の色がべた塗りで視界の限りを覆っている。
 海は、、
 海も同じだった。
 波は飽きずにどんどんうち寄せている。
 流れ着いた水は半分砂に染みこんで残りの半分が大海へと再び溶けていった。
 次の波とぶつかっては泡立ったりしながらも何度でも何度でも繰り返す。
 やはり寸分違わぬ光景がそこにあった。

 時間はきちんと流れているのか、
 本当はただ同じ所をぐるぐるとまわっているだけ、
 そう思えて、また泣けた。
 最後ぐらい笑え。
 ふと、そう励ましてみてすぐに撤回した。
 じわと再びあふれそうな涙がだらだらとこぼれ出す前に、
 あごを上げて低い空を仰ぐとそのまま砂に背中をつけて仰向けに寝転んだ。
                                   

 そうだよ世界が終わるんだよ、、
 何をしてもいいし、
 何をしてもしょうがない、、
 ただじっとソレを待つのか、
 自分でソレを迎えるのか、、

 シャツのはだけた首筋に何かが落ちた。
 天からの一滴。
 鳩尾(みぞおち)に伝う雫を指で触りにゆくとそれは固く玉となっていた。
 つまみ上げる。
 何かの結晶のような小さな球体が指の間でまたたいていた。
 見たことのないものである。
 小さいくせに指先から温もりが伝わった。
 誰かの身体の一部のように暖かく、重い。
 触れているだけで不思議な安らぎと安堵に包まれた。
 接吻を交わすように口に含んでみる。
 そうしたくなった。
 ふいに覚悟が訪れて溜飲が下がる。
 
 風が吹き抜けた後のもわとした空気はとうに夏のものだった。
 世界の最後は夏だった、
 それだけ記憶しておこうと決めて意識を封鎖する。
 光の玉にもう一度、最後の口づけをした。
 そしてそのままのみこんでしまう。
 それからあとはただ安らかなまま瞼を閉じて、
 ただじっとソレが来るのを待つ事にした。





潮風がアノヒトを冷ます。蒸れた顔や身体の内側をさらりと吹き抜ける。

沖にも岩場にも砂浜にもこの世界にはもはや誰もいなかった。
サーファーもカモメも船も何もかもが消えた世界にアノヒトはただ独りである。




ドアが開きカウベルがいつも通りに遅れて鳴った。

おかえりなさい、
私は顕微鏡から目を離した。
創造主と言いそうになってマスターと言い直す。

「今日はここまでにしましょう」

マスターは着替えてきますと言って濡れた外套に帽子のまま奥の部屋へと引っ込んだ。
わたしは顕微鏡の電源を落とす。熱が引くのを待った。眼鏡を外す。凝った瞳に天然型ビタミンを点眼すると幾分すっきりとした。

じっとするとうつらうつらとアノヒトにとらわれる。
油断してはアノヒトの事を考えた。
意識せぬようにしながらアノヒトに想いを巡らせている。

振り払うようにわたしはテキパキと器具を清掃し片付けた。いつもよりちゃっちゃと日誌をつけ終えて、最後に冷めている事を確認しシャーレに触れる。ガラスの器の中央で小さな玉が揺れた。慎重にシャーレを取り外す。海水をこぼさぬようにそっとフタをした。手の平にのせてみる。小さな世界をわたしはじっと観察した。いくら目をこらしてみてもやはり肉眼ではそれはただの小さな玉である。

アノヒト。。


わたしは深く息を吐いた。
スイッチを切り替える。
心の内でいつもより威勢よくオープンの準備を開始した。




常連のペアを見送って、そのまま看板を店内に下げる。わたしはドアのサインを裏返した。
わたしもマスターも心地良い疲労感に包まれている。夜中から降り続いていた雨が予報に反してあがると開店から客足は伸びた。わたしとマスターの何となしの念いが一致する。一段落を見計らって今日は少しだけ早めに店は閉められた。



「それは今日の分のセカイですね」

マスターがいつもの閉店エスプレッソをいれてくれる。
わたしはカウンターで無作法にはしたなく、自分の腕枕でシャーレの中を横見していた。


「好きだったのですか」

わからないんです、答えながらこつと爪でつつくと中央でゆらりと玉が動く。悲しい灰色をした世界は狭い海水の中で見るからに小さくなっていた。間もなく消滅する。

アノヒトが、、
言いかけてわたしは少し迷ってマスターを見上げた。マスターはサロンエプロンを外すといつもの通りに手際良く畳む。マスターの変えぬ距離感に安堵した。小さく微笑んでからマスターは自分のカップをつまみ上げる。今日最後のエスプレッソに自分の鼻を近づけた。素敵な儀式の傍にいて、わたしは勇気を持って言葉を続けようとする。

アノヒトが、
泣いているのを観ていて、
いつの間にかわたしの目からもナミダがこぼれていた。
正直、よく意味がわからない。
その事を告白してしまうと「ふふ」とマスターが笑った。
マスターはわたしのカップの脇にそっと二枚目のチョコレートを添える。



「じゃ、電気、それから戸締まり頼みますね」

それだけ言うとマスターは満足げに最後の一口を飲み干した。


わたし、、好きだったのでしょうか

マスターは答えない。ただ、いつもより微かにやさしい笑顔だった。黙ったまま、完璧に畳まれたサロンをカウンターの端にぴたりとのせる。


いただきます

わたしは顔を上げた。姿勢を正すとぽろぽろとナミダが落ちる。わたしはいつの間にかまた泣いていた。ナミダが結晶し小さな玉となってカウンターに散らばって、マホガニーがぱらぱらと乾いた音をさせる。
あらららとマスターが小さくつぶやいた。
わたしはなんだか恥ずかしい。
手を伸ばすとマスターはわたしのナミダを一粒拾った。
持ち上げてランプに透かす。

ニヤりとしたのは創造主の顔だった。

シャーレのフタを取ってわたしのナミダを静かに落とす。

ことり

玉はガラスの底とぶつかるとぼやりと光った。

やがて、ゆっくりと海水に溶けてゆく。

シャーレの中の濁りがほのかに薄まった。



「では、お先に、また明日」

マスターは流暢にウインクを決めるとドアを押す。
店内にカウベルがノンキに響くと、
マスターもエスプレッソも顕微鏡も周りにはいない、
わたしもただ独りになっていた。



こぼしたナミダを寄せ集めてわたしも一粒入れてみる。
狭いシャーレに小さく波が立って、
アノヒトのセカイが揺れながらそっとわたしに寄り添ってきた。

アノヒト。。

近づいた二つは静かにくっついてそのまま小さくなっていく。
今度は光らなかった。
音もなく溶けながら海水がゆっくりと澄んでゆく。


灰色のアノヒトとわたしのナミダ


二つの悲しみ



好きだったのかな






わたしはずっと観ていた。

二つの玉が寄り添って縮んでゆく。

世界が間もなく終わるのだった。

粒になり点になり最後の瞬間、一つの点になる。


そして二つは永遠に消えた。




悲しみの消えたシャーレにわたしはそっと指を浸す。


透き通る海水に触れたままわたしはそっと眼を閉じてみた。


ぬらぬらとかき混ぜてみたりしながら、

アノヒトの所作をいくつも思い出そうとしている。


好きだったかどうかも考えずに、

悲しいのかどうかも心配せずに、

ただ、無心で、

何かを確認するように、

アノヒトとの邂逅の美しい記憶を、

やがて飽きてしまうまでいつまでも反芻していた。


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Edit by : Tobio忍者ブログ│[PR]