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今日も地球がまわるからワタシはぐるぐる夢をみる、、 ふわふわ浮かんだ妄想を短編小説に込めました、、ユメミルアナタへ愛を込めて☆             
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「そんなもの探してどうするんですか」

不意に運転手の口が開いた。
私は言葉を探している。
沈黙の車内でカーエアコンが懸命に唸っていた。
タクシーの黄色が商店のガラスに映っては、
曇り空にくすんでいる町に映えている。

私はどうして探しているのだろう

運転手の言葉が金属となって私にぶら下がった。
心に引っかかる。
過去の小さな穴に引っかけられたのは鉛のような鈍い材質の分銅であった。
いくら考えても何も言うべきが見つからなくて分銅が揺れる。
私が何も言えぬまま車が次の信号につかまると運転手が振り向いた。
振り返った彼に私は絶句する。
銀髪の後姿とやわらかい運転、
落ち着いたたたずまい、絶妙な相槌、
私は彼が老ドライバーだと勝手に勘違いしていた。




パトカーのサイレンがまた近づいては遠ざかる。
まもなく今回の旅を終えようとしていた。
もともと少ない荷物をざっとパッキングして最後のワイシャツを壁に吊るす。
私は丁寧にシャワーを浴びた。
半分濡れたままでベットに倒れ込み高い天井をぼんやりと眺めている。
明日の今頃は会社かなどと嘆きながら月が替わる事を思い出しては時間の経過に落ち込んだ。
夏が来る。
現実を避けながら旅をまた振り返ろうとしていた。

どうして探しているのだろう

そしてまた、今朝の運転手を思い出す。
「もし、見つけてしまっても」
自分なら困るだけだろうけどとあの運転手は言った。

コマルダケ

口に出してから私はうつ伏せに寝返ってみる。
ずいぶんと大きくなった分銅が胸の奥で再びぐらと揺れた。




目当ての寺院に到着したのは昼前である。
ランチはどうかとようやくの私の誘いを運転手はサラりと断った。
いつの間にか空は晴れている。
思えば、今回の旅でこの時が唯一の晴れ間であった。
白日にさらされて運転手の白い肌が際立っている。
乗客である私も車から降りた。
「探し物の話、面白かったですよ」
そう言って運転手は胸ポケットから名刺のようなカードを取り出した。
真っ青な瞳が私を吸い込もうとする。
長髪に隠れていたが運転手は眼帯をしていた。
これが本職、そう言いながら運転手は裏に何やら記している。
私はぼんやりとカードを受け取りながら釣り銭を断るのが精一杯であった。




ムワとした雨の匂いが部屋に入り込む。
空気が変わった。
スコール。
落ちる水を見るためにベットから起き出して窓に近づいた。
追憶にはやはりあの運転手しか残っていない。
この旅を何度回想してみても結局はそうだった。
運転手の言葉を思い出しては「分銅」が揺れる。

もし見つけてしまっても自分なら困るだけ

私は成果のないまま終わる事には慣れていた。
だが「これ」は外して帰らねば、、
スコールの轟音が耳を麻痺させる。
私は壁際に移動した。
シャツの胸ポケットに運転手のカードを入れる。
雨を避けて入ってきた大きな蝶が窓際を舞っていた。
無音の中、蝶は二匹三匹と増えてゆく。
やがてスコールが通り過ぎると蝶は一斉に窓から出ていった。
私はその様子を見届けてから意を決して明日用のワイシャツに袖を通した。



昼間とは町の顔色ががらりと変わっている。
もう二度とひとりでは戻れぬだろう入り組んだ道をタクシーは進んでいった。ここまでだと言われ降ろされた場所で、今度は比較的正直そうな娼婦を選んで小銭を握らせてからカードを見せる。そんな事を二度三度と続けてようやく店に辿り着いた。時計に目をやると十一時をまわっている。私は何かを諦めて、ただ、この結末を見てやろうと開き直って前に進んだ。

店の前では十人前後の若い男女が入場を待っているのだろうか、がやがやと、それでもきちんと列をつくっている。
すぐ傍でカードと同じロゴマークのネオン管が小さく赤く光っていた。ただそれだけである。重厚なドアの前には見張りらしき男がじっと無表情をつくっていた。私はおそるおそる近づいて行く。男はテリトリーに入った途端に私から一切視線を外さなかった。私は新しいシャツの下でじっとりと汗をかきながら腹の下に力を込める。そして、一気に彼に近寄った。目の端に平和を含ませながら、二メートルの距離で私はカードを男に差し出してみる。男の大きな手がのびてカードをつまんだ。私が一歩下がると男はようやく自分の指先に目線を落とす。目を細め私の全身を舐めてからカードの裏をしばらく見ていた。その場にいた全員が私に注目している。多分私は震えていた。震えながら、緊張感を楽しんでもいたと思う。現地の言葉で因縁をつけられる自分を二つのパターンで想像し終えると男はその太い指先でくいと合図した。列の一人が大袈裟に嘆いている。そして、その店のドアが重く開いたのだった。

私は長い廊下を進む。
カーテンを二つくぐると店内であった。
特別な場所、という雰囲気のさほどないごく普通のステージのあるバーである。
私はカウンターに腰掛けた。
カクテルをオーダーし蔑んだ失笑を予測する。
バーテンの態度は予想に反していた。
二言三言、好意的な印象の現地の言葉を投げかけてからバーテンはグラスを二本セットした。

目が慣れてから私は店内を観察する。
入ってきた時の瞬間の印象よりも店は狭かった。二十余りの長身の丸テーブルに背の高い椅子が二脚から四脚据えられている。空いている席はなかった。客の着飾り方でこの場所の特別さは把握できる。なぜかフロアで女は全員タバコを吸っていた。それがここの最新のファションのように皆それぞれが細いタバコを指に挟んでいる。時々、短く吸い込んではすぐに宙に紫煙を吹いた。
低く流れていたジャズっぽい音楽が止む。
カウンターを残して店内が暗くなった。
上品な歓声が微かにあがり後方からスポットが細く奥のステージを照らす。
その時、お待ちどうといった風にバーテンが静かにグラスを滑らせた。
注文したレッドアイとウォッカが同じグラスで目の前に並ぶ。
代金を支払いながらバーテンにその事を褒めると、
現地の言葉で何か言った後で彼は大声で温かく笑った。




「あんたいい飲み方を知ってるな」

声の方を見下ろすといつの間に近づいていた車椅子が私に声をかける。
ステージの若いドラァグクイーンは四曲目を歌い出そうとしていた。
その老いた男は秘書らしき女に手伝われながら私の隣のスツールに黙ってよじ登る。
腰を落ち着けるとふぅと一息ついてから旅人かと私の方を向いた。
カラダはどうやら年相応と言った風でガタガタであるが物言いはしっかりしている。
私は大雑把にここ数日の事を話し、
今日起きた事、
出会った運転手の事を一切合切話してから最後に探し物の事も付け加えた。
男はふんふんと聞いている。
ぱらぱらと拍手が起こりどうやらステージが終わった。
私も拍手を数発送る。
嫌いかと男は聞いた。
私はうぅむと大袈裟に唸ってみてから若過ぎるかなとおどけてみる。
男は黙ったまま二度三度とうなづいた。
私はついでにとウォッカをレッドアイと同じグラスで出したこの店を評価する。
男は満悦を口許に込めてすかさずこう言った。

「わしの店ではそうさせている」
男はシャツの袖を肘までめくり上げると「原点だよ」と言って内側を私に向ける。
コマドリのようなタトゥーが一羽彫られていた。
味のあるアンシャル体が尾の下に美しく添えられている。
レッドバード


「この人にもう一杯」
しっかりとした口調でバーテンにそう言うと男はスツールをゆっくりと降りた。
私もスツールをなんとなく降りる。
店内が遠慮気味に注目していた。
車椅子に戻った男が私に右手を差し出している。
迷わず手を握ると力が込められて私はぐっと引き寄せられた。

「わしも、かつて探していたのだよ、青い鳥を」
男に耳許で囁かれて私はすぐに聞き返す。
で、見つかったのですかという私の問いには老人は答えなかった。
ただふふと悪戯な笑みを漏らしただけである。
男の乗った車椅子は温かく注目を集めながら、
美しい秘書に押され店の外へと消えていった。


バーテンは飲み干されたグラスを下げると静かに替わりを置いた。
「オーナーからです」
私を見る目には明らかな敬意がプラスされている。
再び、店内が暗くなるとバーテンが顔を近づけた。
「次が今夜のメインです」
そしてこれはその彼からと言って、
私のウォッカの方のグラスに大きめの氷をひとつ落とす。
覗き込むと氷の中に何かが入っていた。
これはなんだと聞こうとした時に、歓声が上がる。
私はステージを振り向いた。
なるほど、こちらが本職。
先程よりもボルテージのあがっている店内でステージにあの運転手が現れた。
バーテンはすでに他の客を接客している。

運転手は長い銀髪をアップに上げ眼帯を外していた。
赤い瞳をスポットが鋭く反射する。
オッドアイが店内を見回していた。
私と目が合うと小さく手が上がる。
拍手の鳴り止まぬまま囁くような短い曲を披露してから、
続けざまにアップテンポなナンバーを一気に歌い上げた。
五分でその場の全員のハートを掴んでいる。
客が前のめりになり私の席から運転手が見えなくなった。

私は聴きに専念する。
オーナーからのレッドアイをすすりウォッカを足した。
運転手はしっとりとしたアレンジの歌謡曲を歌い出している。
バーテンは一杯目と寸分違わぬ最高のレッドアイを作り上げた。

私はウォッカのグラスを眺めていた。
浮かぶ氷を見下ろしてみる。
ぷかりと浮かぶ澄んだ氷の中にあるのは鈴だった。
店内の赤い光と装飾に銀の鈴が紅に反射している。

紅の鈴の音を想像ながら、
私はちびちびとグラスを傾けた。
そしてウォッカを注ぐ。
徐々に強くなるレッドバードがゆっくりと喉を通過しては、
疲弊した全身に染み込んでいった。

店内の熱が落ち着き出した頃、
運転手はシャンソンのオールドナンバーを歌い出す。

ステージに目を向けると運転手が再び見えた。

見違えた運転手を私はじっと見ている。

眼帯で隠されていた方の赤い瞳も私をじっと見た。

グラスを掲げ小さく合図しながら胸に手をやってみる。

ぶら下げられた分銅は外れていた。

埋まる事のない心の穴が剥き出され、

運転手の澄んだ歌声が時折そこを通り抜けては、

忘れかけていた心持ちがよみがえり抜けた穴ぼこを満たしている。



ウォッカの氷が揺れていた。

中では鈴がきっと鳴っている。

時計を見ると明日になっていた。

新しい月が始まる。

ろくなもんじゃないハズが思いがけずハレバレと迎えていた。

今日からの暑いシーズンの到来を祝して私は両手にグラスを持ってみる。


独り、

そっと乾杯してみると、ちんとやさしい音がした。

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Edit by : Tobio忍者ブログ│[PR]