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今日も地球がまわるからワタシはぐるぐる夢をみる、、 ふわふわ浮かんだ妄想を短編小説に込めました、、ユメミルアナタへ愛を込めて☆             
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「どうおねーさん、そいつ珍しいだろ」

どうやら店主らしい男が顔を上げた。
仕入れたてのメロンを揚々と並べる手を止めてその男はわたしを向いている。メロンはまだ小玉だった。わたしの視線はさっきから見なれぬ商品の方に向いている。馴染みの野菜や果物に紛れてそれは置かれていた。
雨っこ 
入れられた段ボールのふたの部分にそうなぐり書かれている。そのまま雨空にさらされていたのだろうか雨っこの箱だけ全体が湿っていた。わたしは雨っこのそばに寄る。覗き込むと茶色い丸が三つ入っていた。遠目にはヤシの実的なものだろうなと思ったが少し違う。完全な球体ではなくて、それを見ながらわたしは椿の実と枇杷の種を不意に思い出した。それらのかなりのビックサイズ版と言ったところである。近づいての見た目は強固といった風ではなくてなんだかあれこれと想像の広がる妙な雰囲気だった。
まるで生きているようである。
わたしはさらに顔を近づけた。よく見るとごく短い毛が全体に生えている。絶妙な光沢と質感の源はそのぎりぎり肉眼で認知できる毛によるのかもしれなかった。ますますイキモノのような雨っこである。いったい雨っこって。。


「もうこねーかな」
八百屋の店主はつぶやきながら店先から一歩外に出た。浅黒い右腕を宙に出すと手の平を返す。雨をうかがった。わたしも振り返り空を仰ぐ。連日の愚図つきも五日目でようやく解消されそうだった。店主は小さく伸びをしながら文字にならない呻きをもらす。未だ空全体を覆う雲の所々に明るく白みが差していた。

「もう今日までだろな」
おねーさん、そいつもってってよ、店主はそう言いながら、乾いた段ボールの切れ端にマジックを乱暴に走らせる。

ご自由にどうぞ

ほい、と軽快に雨っこの脇に差立てた。わたしは意を決して今だと店主に話しかける。同時に奥から電話が鳴った。あの、と続ける。だが、わたしのか細い「これは何ですか」は無惨に呼び鈴にかき消された。りいんりいんといった電話のベルを久しぶりに耳にする。けたたましい懐音に引っ張られるように店主はたつたと奥へと下がった。店主を吸い込むと奥への引き戸はぴしゃりと閉まる。
わたしは再び目の前の雨っこを見下ろしてみた。角度を変えてその茶色のツルりとしたモノを凝視する。わたしはもう一度自分の記憶を丁寧に辿ってみた。やはり「雨っこ」は自分の辞書にはない。見据える目の前の新種な球状に好奇の心が手を招き始めていた。私はバックを持ち替えるとそろそろと右手を雨っこに伸ばす。店の奥で突然大声が笑うので出した手を引いた。赤く書かれたご自由にどうぞの段ボールが湿り始めている。わたしは雨っこを持ち帰る決意をした。
手から下げていたコンビニ袋から濡れた折り畳み傘を取り出した。ひらいて、つい先程までの今日の雨を飛ばす。ビニール袋の方も裏返して雫を落とそうとしてヤメた。濡れてる方がいいだろうと直感する。なにせ雨の子、雨を嫌うハズはないとわたしは思った。おそるおそる手を伸ばす。三つの雨っこは大きさがそれぞれまちまちだった。
わたしは少し考えて中くらいのものを手に取ってみる。
雨っこはズシリと程良く重かった。持ち上げるとぽたぽたと止めどなく水が滴る。やや弾力のある表皮が海のイキモノを連想させたが動く様子もなく雨っこはわたしの手の中でじっとしていた。脈を打つでもなくひっそりとやはりどうやら野菜なのである。わたしは雨っこを箱に返した。
傘を下に置きカバンを肩にかけるとわたしは一番大きな雨っこに両手を添える。この雨っこは見た目通りにずしりとかなり重かった。そしてなんだかよそよそしい。わたしには手に負えないと感じすぐに元に戻した。
最後に一番小さいやつに触れる。
握りにいって五本の指が触れた瞬間コレだと確信した。そろりと持ち上げて手首をかえすと案の定すっとわたしの手に馴染む。玉葱の大きさ程の雨っこからなめらかな液体が糸のように垂れた。わたしはこの子を選んで素早く袋に入れる。なんだか妙にうきうきとわたしは八百屋をあとにした。

部屋に着くとわたしはいつもよりテキパキと着替えを済ます。
湯を沸かしパソコンの電源を入れた。
コンビニ袋の中にじっと雨っこが収まっている。
流しのフックに雨っこを引っ掛けてからベランダに出た。
六時をとっくに過ぎていてまだ外は明るい。
そうかとわたしは六月ももう三日目である事に気がついた。
すっかり日が長い。
夕方の少し強い風が解いた髪の首筋をすいと抜けていった。
濡れた傘を物干に引っ掛けて雨の日用のパンプスを窓際に出す。
わたしは部屋に戻るとコーヒーを入れた。
早速キーボードに向かう。
雨っこを検索した。




この頃、

わたしは毎夜泣いている。

カーテンも窓も閉め切ってしんとした部屋を暗くすると、

ひっそりと独りのわたしをなんだかわたしはさめざめと泣いた。

呼吸にため息が混じりだす。

恋愛感情などもう二度と湧かないと確信していたのに、

この頃、

あの人を想い胸がぎうと苦しい。


めんどくさい


どうやら恋が始まっていた。


会いたい


この恋もいつか終わってしまう、そう決めつけてはわたしは毎夜さめざめと泣く。





雨っこの正体はよく解らないというのが結論だった。
とにかく雨水しか受け付けないらしい。
わたしはベランダの植木鉢の受け皿から洗面器にありったけの雨水を採集した。

雨っこをそっと指の腹で撫でた。
水に濡れた細かい毛がビロードの肌触りである。
スプーンで雨水をかけてやった。
わたしのお気に入りのカフェオレボールの中で雨っこは元気そう、
そんな事を決めつけてはまたそっと触れる。
その度に雨っこはぷかりとやさしい波紋を水面にひろげた。

この子、今日までかな

雨水の残りは少ない。




ベットを支度し洗面を済ますとわたしは部屋の電気を消した。

暗くなった部屋に水槽まわりが浮かびあがる。
最小にした水槽のライトが脇に置かれた新参者を照らしていた。
青白い冷光を雨っこの茶色の細毛の先がやわくインディゴに反射している。

綺麗

光の粉を表面にまぶしたような雨っこが器の中でただじっと浮いていた。



気がつくとわたしは今夜もまた泣いている。

目元を拭った。

出そうになるため息を今夜は口をすぼめて強く吹き出してみる。

濡れた人差し指で雨っこに触れた。

雨っこが涙を静かに吸い込んでくれる。

あの人を想いながら今夜は雨っこをずっと見ていた。

じめじめと充満するわたしのくよくよを小さな雨っこが吸い込んでくれている。

そんな想いをくらりくらりと巡らせながらわたしは時間を忘れていた。


やがて、

わたしの中の深い部分から安らかな欠伸がこみ上げたのでわたしは今日を終える事にする。

最後に雨っこにひとサジの雨水をかけてやり水槽を消灯した。

パチンという乾いた音を響かせてワンルームのわたしの世界を闇に包む。


わたしは綿毛布にくるまった。

乾き始めた目尻を指でこする。

笑っていた。


明日、あの人に会えるかもしれないと思ってわたしは少し笑っている。

明日は会えないのかもな、

と不安に思っていた昨日までとは少し違い何日も振りに胸がすっきりとしていた。


いつまでも片思いの自分を今夜は責めないでいる。

何かが始まる予感がしているわけではないがやたらに上気していた。


これを恋と呼ばずになんと呼ぶ

枕につっぷしてごにょごにょと独りつぶやいてからアブない自分を叱る。


闇の中で雨っこの方に視線をやった。

変わらずじっと浮いているはずである。

そっと頭で雨っこを撫でた。

雨っこはどんどんわたしのネガティブを吸い込んでくれる。


冷蔵庫のモーターがブーンと作動した。

ますます冴えるわたしの頭にファンファーレのごとく響いてくる。


わたしは暗さに慣れ始めてしまった目をしっかりと閉じた。

疲れ顔であの人に会えるかいと顔の筋肉を弛緩させる。

だらしなく幸せな表情をつくると眠りの淵でやはりあの人を思っていた。


またニヤニヤしている。


アブないわたしをそのままにした。


なんか楽しい。


わたしは間もなく始まるキボウノアシタを、


ごろごろと寝返りを打ちながらわくわくと待ち詫びた。

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Edit by : Tobio忍者ブログ│[PR]