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今日も地球がまわるからワタシはぐるぐる夢をみる、、 ふわふわ浮かんだ妄想を短編小説に込めました、、ユメミルアナタへ愛を込めて☆             
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「本日はお招きいただきまして」

ありがとうございましたと言いながら頭を下げ腰を折る。
一、二、、三
脳天のつむじを相手に見せて、
三つ数えてからゆっくりと視線を上げた。
鏡の中を睨みつける。
口元をゆるめるのをまた忘れていた。
漏れそうになった嘆息を鼻から抜いてせめてもと背筋を伸ばす。
いつにも増してさえない顔を懸命に正視した。



今朝は寝坊したのである。

アラームは予定通りに鳴ってくれるから一旦は定刻に目を覚ましたのだが部屋があまりにもしんとし過ぎていた。身体はじっとしたままで目だけ動かして窓際を見る。カーテンの端より外の闇が洩れていてなんだかそんな全部が心をどんどん細くさせるから思わずまた目を閉じていた。行くのやめようかな、とよぎる弱気の芽を懸命に摘んでゆく。行くよ、行くけども、でももうちょっと、と結局やや自分に都合よく折り合いをつけてみると、すぐに意思はくるくると螺旋を描きながら眠りの方へと沈んで行くのであった。
始発電車が発車する警笛が聞こえてくる。浅くなり始めた眠りの耳の奥まで届き運良く再び目が覚めた。外はやはりまだ暗い。だけど、ガタゴトと電車は走り出し、完全に覚醒した耳には大きなトラックの走音も聞こえだしていた。開始している。ようやく気は湧き、温まり、ソレッと毛布から飛び出せた。
部屋の空気はすっかり冷えていたが、勢いのままに用意しておいた服にてきぱきと着替えてしまう。財布に入れておいた招待券を確かめてから玄関のドアを押した。なだれ込む冷気に逆らって隙間から身を外に出す。きいと蝶番がやさしく鳴いて静かに部屋を閉鎖した。宿舎を出て歩き出すとオートバイやらカラスやらコトリ達(鳴き声だけ)が澄んだ早朝のセカイですでに活動を開始している。色々がとっくに動き出している事を知って「独りじゃない」といっそう心が安まるのだった。
駅へと向かいながらようやく働き始めた頭で考える。「お偉いさん」の朝は早いというのがもっぱらの評判で、始発で向かわなければ会ってもらえないというのが噂だった。言い訳をどうするか。しばらく考えて、屁理屈に今日の行く末を委ねる決意をし駅前のバス停で「始発」を待った。時刻を確かめていると東の空が白みだしている。闇の際に浮く淡い青空が今日の晴天を思わせてそれだけで気分を多少はつらつとさせるのだった。



魚の形をした絢爛(けんらん)な蛇口をひねる。
口の部分からがばがばと贅沢な太さで水が溢れ出した。
洗面台の脇に置かれていた栓をしてなんとなくシンクに水を貯めてみる。
栓は巻貝の形であった。

って事はこいつは海の魚か

そう思うと面構えが海のやつっぽく見えてくる。
魚の太い唇、蛇口の淵を撫でてみた。

いや、川にだって巻貝はいるか、

いる?

緊張を誤摩化そうとしているのだろう、
あるいはそこから逃げている。
向けるべき意識は本流から脇へ脇へと逸れたがった。
蛇口を閉める。
指先で水たまりの表面を撫でながら、
ばしゃばしゃと顔を洗おうかと迷い、
果てに、手だけをゆっくり丹念に洗ってみた。
朝はもう明け切ったのだろうか、
ここ迄来れた事をよしとして後は成り行きに任せるべ、
とアクセントを変えて確認してみる。
鏡を見た。
引きつり癖の口元をもう一度ゆるませる。
最後のリハーサルを終えていざレストルームのドアを押した。



控え室が静まっている。
中に入ると誰もいなかった。
と言うよりも、もともと誰もいなかったかのように人の気配が一切ない。
自分の他に数人いたゲストも最初に挨拶をした秘書らしき者も、手洗いを案内した初老の給仕も誰もいなかった。
そわそわと尻をさすりポケット越しに招待状を確かめる。
ひっそりとした空間にただ独りだった。
部屋がみるみる拡大する感覚に囚われる。
全身にたまり始めていた二酸化炭素を音の出ぬように鼻から放出していると、
馬鹿に大きなテレビの上からネコがぬらりと飛び降りた。

(ぎゃ)

思わず声を上げそうになる。
ぬいぐるみだと思っていたのに、
いや、ぬいぐるみ「だった」のにか、、
口を両手で押さえた。
静寂を破ってはならない、そんな強迫的な観念に取り囲まれている。
どぅんと鈍い音がしてテレビが点いた。
そのすぐ前でネコはぬううと伸びをする。
画面では外国のパーティのような楽しげな映像が流れ出した。
がちゃがちゃと部屋中が動き始めている。
人気のない部屋に急に電源が入れられた、
そんな感じだった。
コッチコッチと時計の秒針が音を刻む。
それは遠くの様でいて、耳のすぐそばで鳴っているようだった。
テーブルの上のソルト&ペッパーがこちらに近づいてくる。
二人はロシアの人形だった。
コッチコッチコッチの時計音のボリュームが上がっている。
耳を塞いでみても音は遮断できなかった。
部屋を見回してもそれらしき時計は見当たらない。
ソルト&ペッパーの片方になんとなく手を伸ばすと、
触れる直前、パカりと胴が割れて中からひと回り小さな人形が現れた。
ぴょこぴょこと次々と胴が割れては現れて、再び人形に戻ってゆく。
おもしろいともう片方を手に取った。
胴を割ってみると中身は塩である。
テーブルに広がった白い粒を囲んで大小のロシアの人形達が「あーあ」とがっかりした。
テレビ画面がザッピングしている。
時折、見憶えのある番組がチラりと映っていた。
時計のコッチコッチはいっそう大きくなるばかりである。
この部屋から出た方がいいと思いドアへと向かった。
足下にも散らばり動き回る様々、
ショットグラスやらチェスの駒やらサボテンやらリクガメやらを踏まぬように慎重に一歩一歩進む。
テレビの前にいたネコが楽しむように馬鹿にするように両足にまとわりついてきた。
歩きづらい。
ようやくドアに辿り着いた。
ドアノブに触れる。
冷たかった。
真鍮の球形を通してこのドアの向こうの外が伝わってくる。
迷わずにドアを押し開けると朝が明けていた。

ドアの外はただ外である。

永遠と外のセカイが広がっていた。

千切ったようなような秋の雲の間から淡い水色の空が見えている。

招待状をポケットから取り出して雲にならって丁寧に千切ってみた。

後ろ手に控え室にばらまいてドアを閉める。

ドアノブがぽとりと落ちた。


顔を上げる。

空なんていつも見てるはずなのに、なんだか、とても綺麗だった。
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Edit by : Tobio忍者ブログ│[PR]