「サクラノコロニデカケマス」
脇の下の袋から短い便りを取り出してゆっくりと読み返す。
すっとした文字が細長い便せんの中央に並んでいる。
クリーム色のきめの粗い紙に書かれた細い紅いの文字。
サクラノコロニデカケマス。
なにかを確かめるようにゆっくりと二度黙読する。
再び小さく折り畳むと左のウデを上げる。
大切に袋にしまっておく。
池のヌシは今日もカノジョを待っていた。
ずっしりと枝につく花を見上げてマンカイマンカイと人間の真似をしてみる。
昨日よりもっとずっしりに見える。
昼過ぎから幾分暖かいので木陰でサカナを食んでいる。
時々。
強い風が枝を揺らす。
わさわさと花ばかりの奇妙なカタマリが上下する。
わさわさという風の音を聴く。
愉快。
上に枝が戻る時、数百の花びらが宙に放たれる。
ひらひらひらと時間をかけて水に舞落ちる。
風に乗り損ねた1枚がひらひらひらと鼻先をかすめる。
腹の上のそいつを爪で慎重にひらう。
池の底から見上げるよりもずっと白くて不思議。
枝が動くと木陰まで陽が洩れる。
ちょうど眩しくてじっとあたたかい。
かたい光。
はじめてこの時季に水から出たら色々が不思議。
いつもカノジョを待たないから上に出ないから。
ごろりと寝返ってときよりの太陽を避ける。
眩しいもの。
幹に手を伸ばす。
剥がしてみる。
外はからからですぐ中はしっとり。
ゆびでおす。
前の歯で少しずつかじってみる。
におう。
暖かい匂い。
変な匂い。
不思議。
遠くも見る。
駅の向こうのビルが今日はくっきりと見える。
一番高いビルの先に夕焼けがかかる頃かもしれない。
カノジョは来るかもしれない。
デカケルかもしれない。
遊歩道から水際へと緩やかな傾斜に沿ってやわらかい午後の風が下りる。
ふわと眠気がもたぐ。
「おひとつどうぞ」
そう言ってその人間は丸い餅をくれた。
餅は食べた事ある。
「苺大福よ あらモンキチョウ」
そう言ってその人間がニコニコと笑顔をつくるのでまた陽気が充満する。
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