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今日も地球がまわるからワタシはぐるぐる夢をみる、、 ふわふわ浮かんだ妄想を短編小説に込めました、、ユメミルアナタへ愛を込めて☆             
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もうじきに夕方を迎える午後だった。
目抜き通りの往来は昼前と比べると落ち着いている。
“銀座では若い二人” が人気のカフェで息をついていた。


レモンメレンゲパイが最後に運ばれると丸められた伝票がアクリルの筒に収まった。
ウエイターを含めた3人の会釈がなんとなく場面を転換する。
男が去って、ではとそれぞれのティカップに手が添えられた。


「何あれ」

席に着いてから杉ノ樹さおりはずっと外ばかり見ていた。
先週から天気は交互である。
1週間ぶりの本格デートのこの日はうまく晴れていた。

窓から通りを見下ろせるカウンター席に案内されて、
杉ノ樹さおりはこの日一番のはしゃぎ様であった。
自分の手柄でもないのに香坂宏は「だろ」と高々と鼻を伸ばし薄い胸を張る。
オーダーが揃い香坂宏がフォークを握るとその奇怪な行列が眼下に見えた。

ん。。なんだろ、、デモ?  

ウマいよと香坂宏は隣りの彼女にケーキの皿を向けた。
ちらとだけ目を向けて杉ノ樹さおりは彼の皿を引き寄せた。
香坂宏は “本日の紅茶” に口をつける。
そして、彼女の方の栗モノのケーキを待った。


「あれ、何かに似てない」

フォークをくわえたままで杉ノ樹さおりは尚も行列を観察していた。
香坂宏は無意味にペーパーナプキンを広げている。
中央に水のコップを置くと表面から水滴が伝い縁に沿って染みができた。

何って何、と応えながら紙の端をゆっくりと持ち上げると中央に丸く穴が開いた。

できた、ほら

またやってると目配せをしてあげてから眼下の行列へと彼の注意を促した。

「あぁ、あれだ、、オリンピックの」

時々まるで沿道に挨拶をするかの様に両側に手を挙げる集団を見て杉ノ樹さおりは言った。

ぁあ、、行進でしょ。。

「そう入場行進」

おいしそとご満悦でようやく杉ノ樹さおりはフォークを構えた。
んまぁねぇという香坂宏の返答には無関心に目の前の2枚のケーキ皿を吟味する。

(女は切り替えが速い)

彼女に代わって今度は香坂宏が外を見る。
入場行進は続いていた。
大人ばかりが揃いのジャケットを着てぞろぞろと歩いている。
似た様な光景をテレビのニュースで見た。
それが、デモだったかストだったか、あるいは観光客だったか定かではない。
空に向け長い棒を掲げている者が時々いた。
棒の先には短い紐が結わかれてその先には風船が付いている。
ふわふわと力なく揺れている風船の様が行列のテンションを伝えていた。
デモにしてはメッセージの書かれたプラカードも横断幕も見当たらない。
シュプレヒコールをあげている様子もなかった。

目的不明の不思議な行列は一様に申し訳なさそうな恥ずかしそうな様子であった。

なんだろ。宗教かな、、

通り過ぎる街並みは妙な集団にほとんど感心を示していなかった。
そんな事も一時の雑事として休日の雑踏に含まれてしまう。

「お、レモンもうまいっすねぇ」

杉ノ樹さおりは屈託ない笑顔をニコりと添えて、
ようやく自分の方の “栗モノ” のケーキを差し出した。
お、来た来た。。
香坂宏は手を合わせて受ける。
その時、眼下では行列がようやく切れた。
最後尾では企業の制服の様な衣装を着た2人がチラシを配っている。
おれ、こっちの方が好きかも、、
そう言って彼女の方に栗のケーキを戻すと杉ノ樹さおりは不意に言った。

「ヒロくん、、フツーに就活とかすんの」

何 急に

「いや、なんとなく」

就活かー しようかな

「すんの」

んー やっぱやんないとかなぁ

「。。。。。」

でも髪切んねーといけねーんだよねー
つか、 まだバンド あるしなー


香坂宏はバンド連中の事で話の方向を変えた。
1学年下の彼女からの突き詰めはない。


(最近、、将来っぽい話になる。それは彼女からだった。就職なんてまだ先の事と思っていたのに再来年はもう卒業。まさか、もう卒業なんて。。)


午前中に観た映画の話が心地よく終わると若い二人は席を立った。
外にはずらりとカップルが入店を待っている。
タイミングよかったね、とエレベーターで小突き合いビルから外に出た。
夕方に入った街並みは買物を終えてかなんだか幸せに満ちている。
杉ノ樹さおりが見たいと思い出した店に向けて颯爽と2人は歩き出した。

歩行者天国の端でカフェから見た行列が滞っていた。
何かが始まりそうな雰囲気を横目に見ながら通り過ぎる。
交差点の前で行列の最後尾にいた例の制服からチラシを受け取った。


あ。

同時に声がもれた。

(お兄ちゃんの会社だ。。)
(おっさん、、死んだんだ。。)

受け取ったチラシは号外を模したものだった。
ある会社の社長の訃報が新聞記事の様に記されている。

時刻は17時を少し回っていた。
若い二人は真直ぐに伸びる通りをゆっくりと進む。
無言だった。


杉ノ樹さおりは4つ上の兄を想った。
夢を引きずり社会に出た中途半端な兄。ただ不安に負けただけ。“入れた” からととりあえず会社員になって兄は変わった。どんな会社だよ。
その会社の社長が死んだ。
目の前で人間が毎日すり減っていく。影が薄くなり声が小さくなっていった。自分では気づいていないが今の兄には表情が無い。サラリーマンとはそういうものなのだろうか。社会とはそんな場所なのだろうか。生きていくとはそういう事なのだろうか。意味あんのか。。

香坂宏は母を想った。
最後まで、、結局、愛人か。父親の存命を打ち明けられたのは高校に入る時だった。3人で食事をしたがうまく思い出せない。馬鹿に豪華な中華飯店。広い個室で何を食べたのか何を話したのか憶えていない。現れた不相応に老けた “父親” の前で目線は上がらなかった。
その父親って男が死んだ。
オレはぶすっとしてただじっと自分の皿の縁の込んだ模様を見ていた。母さんが今まで見た事ない程小さくなっていた。申し訳なさそうに恥ずかしそうに別の人だった。愛人が死んだって。愛人って。女の幸せって。。


今日最初の銀座の夜風が若い二人に吹抜ける。
心が少し乱れてお互いに意識は別を向いていた。

広い道路の両側ではぽつぽつとネオンが点き始めている。

都会のど真ん中。

恋人同士は居場所を確かめるように繋いだ手にそっと力を込めた。
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