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今日も地球がまわるからワタシはぐるぐる夢をみる、、 ふわふわ浮かんだ妄想を短編小説に込めました、、ユメミルアナタへ愛を込めて☆             
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目を覚ます事は雑作のない事、、というよりも自然と起こる生理。 “遅刻” する事の面倒さがほとほと身に染みたのだろう、大人になってすっかり朝に強くなったなぁ、瑞玉野梨子はますます冴えてくる頭でそんな事を実感した。


予定のない至福の有給休暇が開始する。

休日の前夜は目覚まし時計をセットしない、
それでも体内時計でしっかり定刻に目が覚めた。
今朝はそこから葛藤する。
今のこの瞬間のリアル感と昨晩の気持ちが決闘していた。

じっと目を閉じてから、えいやと気合いもろとも毛布から転がり出た。


日の出を浴びる、だから早起きする、、昨晩決めた唯一の予定。
熱き決意が立ちはだかったハードルを見事にクリアした。
じっくりと人肌まで温まりいよいよ一体化した寝床。
そこから起き抜ける事の難易度はこの上なく高い。

今年もそんな季節を迎えていた。

瑞玉野梨子はふらふらと歩き出し蛍光灯の紐を引いた。
はしたなく欠伸をする。
じっとしていた部屋の空気がかき回された。

抜け殻となった布団の上に倒れ込むと完全に目が覚めた。ついさっきまでの “巣” の外壁は主人と溶け合う気など微塵も見せない。すごいスピードで熱を奪おうとする。瑞玉野梨子は想像した。温めていない皿に盛られた “蒸しもの” の気持ち。。もう1度この内側に入りたい。。そんな誘惑をようやく噛み殺すともう一度えいやと小さく声に出して洗面所へと立った。


半年前。
夏のはじめ、瑞玉野梨子はよく早起きしては土手から日の出を見た。
季節は曖昧に秋になりしだいに回数は減り、ここひと月は早朝の川から足が遠のいていた。
そして昨晩。
ぽつりと元気が欲しくなった。


タイツの上からトレパンを履いた。
靴下をもう1枚。寝間着のスウェットのままパーカーを重ね着た。ヤッケをかぶりその上に薄手のジャンパーを羽織る。イヤホンを装着しジャンパーのファスナーを上げた。もこもこに着込む。まるで布団の中だなと笑いがこみ上げた。耳付きのニット帽をかぶり、仕上げにマフラーを巻く。最後に手袋をポケットに押し込んで完了、のそのそと玄関を目指した。起きられたハイテンションも手伝ってなんだか妙に愉快な心地である。
ドアに触れると水滴が指先を濡らした。結露が外の寒さを解りやすく伝えている。瑞玉野梨子はひるまなかった。ワクワクしている。えいやと誘惑の布団から飛び出せた奇跡が楽しくて寝前の決意を裏切らなかった自分に安堵する。
ドアを押し開いた。
露出した手首の先と目の周りだけが敏感に冷気に触れた。
外はまだ真っ暗だった。


土手に着いて裾から坂を上がりきると視界が広がった。
しばらく走りいつかの場所で自転車をとめる。
まだ夜だった。
朝の気配はない。
瑞玉野梨子は自転車から降りた。
川側の石段を数段下りて腰を下ろす。
じっと丸くなって対岸を向いた。
静かに水が流れている。
久しぶりでも変わらぬ川がそこにあった。
こっちもあっちも夜。
人家やビルの灯りは全て消えていた。
光は街灯と星。
ただその2種類の点が闇にあるだけ。
朝の気配はまだない。


瑞玉野梨子は反動を1つつけて立ち上がった。
振り返ると自転車のハンドルに何かがぶら下がっている。
初めて見る “金星の使い” だった。

金星の使いは揺れるのをやめた。
その大きな瞳でじっと瑞玉野梨子を見ている。
しばらく見合ってから大丈夫だよと半分隠れた顔で満面の笑みをつくってみると警戒は解けたのか、金星の使いは再びハンドルにぶらさがって揺れだした。

瑞玉野梨子はしばらくその様子を見ていた。
金星の使いは飽きずに揺れている。

朝は、、まだなの

瑞玉野梨子は話しかけてみた。

金星の使いはぎくと驚いた目を向けた。
瑞玉野梨子はすかさず大丈夫だからと笑みをつくる。
金星の使いは揺れるのやめるとくるりとハンドルに飛び乗った。

「あら、まだよ だからあたしはここにいるんだもん」

見た目通りの幼い声で言った。
瑞玉野梨子は驚いてはぁと妙な返事をする。
そおっと自転車に近づいた。
金星の使いはハンドルからサドルに飛び移る。
そして言った。

「ねぇ、いきましょ」

どこに

それには答えずだっこだっことせがむ。
しかたなくもこもこの腕で抱き上げてみた。
金星の使いももこもことしている。
見た目通りになかなかの感触だった。

片腕に金星の使いを抱いてゆっくりと自転車を走らせた。
運転しづらいよお、と言うと金星の使いはジャンパーの中にもぐり込む。
くすぐった、と大袈裟に身をよじってみると、
中からもぞもぞとジッパーを半分下げて胸からへへと顔を出した。

土手のてっぺんの細い道をきっこきっこと自転車は走る。
その軋みがなんか「すいませんすいません」と言っているようだった。
1人と1人(?)と1台が謝りながら進む。
なんかオモシロくない?
瑞玉野梨子がその事を言うと金星の使いはきょとんとしていた。
ツボって色々ね
そう思っている間も、金星の使いはもっともっとと急かした。
ペダルの足に力を込めて自転車はぐんぐん加速する。
いつの間にか息も上がっていた。

もうこれ以上ムリ

「じゃすこしてつだったげる」
瑞玉野梨子が弱音を吐いてみると金星の使いはあっさりとそう言った。
金星の使いはんしょ、んしょ、と楽しそうにつぶやいている。
なにそれ、とツッコもうとした時、ペダルがすっと軽くなった。


気がつくと見慣れぬ景色が広がっていた。
大きな橋が近づいている。

ここ、どこかしら。。

そう思い、瑞玉野梨子はようやく気がついた。

そうか冬時間だったか。。

瑞玉野梨子はだいたいの日の出の時間を夏の感覚のまま予測していた。
2人の自転車は橋をくぐり抜ける。
緩やかな下りを足を止め風を切った。

やれやれと落胆していると金星の使いがこっちを向いた。

「でも、もうすぐよ、、だからあたしはもういくの」



瑞玉野梨子が何かを言おうとすると金星の使いはもぞもぞとジャンパーから抜け出した。
最後にベルを弾く。
ちりんと軽い音を澄んだ空気に響かせてあっという間に東の空へと飛び立った。


下り坂からの惰性に任せていると自転車は減速し、やがて停止した。

瑞玉野梨子は東の空を見ている。
お日さま登場の気配はまだない。
金星の使いがいなくなってぽっかり開いた胸元に夜の終りが滑り込んだ。
急いでジッパーを首まで上げて冷えきった空気を遮断する。
独りになって急に冷えた。
街側に向くとコンビニらしき光が見える。
瑞玉野梨子は暖をとろうと決めて土手を降りた。

しんと静まった他人の街をすいませんすいませんと自転車が進む。
肉まんは買おう、そう決めて明るい店内に無事に踏み込んだ。
店の中は目玉が曇るのではという程、暖かかった。長身の店員が1人背中を向けて商品を並べている。所狭しと積まれたブルーのケースからパンやおにぎりをテキパキと取り出していた。なんか忙しそうだな、そう思いながら瑞玉野梨子はチラと中華まんの種類を確かめるとそのまま外に面した雑誌のコーナーに足を向けた。

普段絶対読まないような写真週刊誌をじっくり読破した。2冊目の物色を始めると、がたがたと音がして店員が空いたケースを外に出している。外に目をやるとガラスに映る自分の向こうで空がかすかに明るくなっていた。

そろそろ行くか

次の雑誌に伸ばしていた手を引っ込めて、ジャンパーの前を閉めるとほどいていたマフラーを万全に鼻の位置まで巻いた。なんとなくの申し訳なさにホットレモンと予定外のチョコを手に取ってレジに向かう。あとキーマカレーまん、という言葉を準備してペットボトルをカウンターに置いた。

絶句。



野宮蓮が目の前にいた。

上京してたんだ。。

支払いが一拍遅れる。
釣り銭を待った。

似合わない制服。
野宮蓮は気づいていない。

のみや

ネームプレートをもう一度ちらと確認し店を出た。


ここ  そうなんだ。。



あ。

ビルの隙間、

東の空に明けの明星が見える。

Venus キラり。

夜が明ける。

マフラーの中でふふと笑ってペダルを踏み込んだ。




野宮蓮に逢っちゃったよ。

瑞玉野梨子は中学時代を回想した。
ご無沙汰している地元のニオイが鼻をくすぐる。
もう一度ふふと笑った。


変わってなかったな。

あいつ。。


シャンと小気味よくロックは解かれた。
自転車は土手を目指す。
大きなトラックが抜かして行った。
残りの夜を蹴散らして進む。
1日がはじまる。

すぐに土手に帰り勾配を昇る。
買えなかったキーマカレーまんを思い胃が泣いた。
よいしょ、よいしょ、
んしょ、んしょ、
わっせ、わっせ、
声がもれる。
どんどんもれる。
なんか愉快。
うかれて力んでバランスを崩す。
カゴのホットレモンがごとんと跳ねた。

間もなく登りきると、
すぐに空が明けてゆくはずで、
ただそれだけが確実だった。

どきどきとなんだかそわそわと、、
なんかうれしい、、
なんかたのしい、、


始まったばかりの休日に瑞玉野梨子は独りごちた。
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